夢の時間(とき)

オリジナルの小説とイラスト等を掲載。新連載【アストリッド様と「行くわよ愉快な下僕たち!」】開始です。

序章 最強の召喚士 

 

序章 最強の召喚士



 雲ひとつ泳がない晴天は、深く青く高い。

 空の色とは対照的に、赤土色の地面に緑はなく、同色の砂塵がうっすらと地面を漂い、切り立った岩は、太陽の光を受けて地面に黒い影を落とす。

 まだ昼間(ちゅうかん)砂塵舞う開けた所に、一個大隊が陣を張っている。岩陰に身を潜め、ザカリーは傍らのキュッリッキの腕を肘で軽く小突く。

「あれがソープワートの軍隊だよ。小国だけど手練が多いんで有名なんだよね」

 物知り顔で、ザカリーは人差し指を立てる。

「中でもキャッツフットっておっさん率いる弓隊は厄介よ。大型弩砲(バリスタ)隊だの 長弓(ロングボウ)隊だの、飛び道具部隊を率いているんだ」

「ふーん・・・」

 キュッリッキはさほど興味をひかれることなく、ただザカリーが解説を終えるのを無表情に待っていた。

「キャッツフットがいるってことは、弓隊を主力にするつもりだねぇ。腕のいい狙撃手が多いんだよ」

 顔を盛大にしかめて、ザカリーはキュッリッキに振り返る。

「しかも魔法使うやつも狙撃手してるから、銃撃兵だって油断できやしない」

「そう」

「ライオン傭兵団に入ってすぐの仕事が、ソープワートの大隊を相手にする不幸に同情するよ~」

 少しも同情していない表情(かお)をして、ザカリーは大げさな振る舞いでキュッリッキの双肩に手を置く。

「キミ一人でアレを相手にさせるとか、いよいよウチのリーダーも鬼になってきたよね」

 一人盛り上がるザカリーに目もくれず、キュッリッキは眼下のソープワートの軍隊に視線を注いだ。

 冷めた表情と同じように、冷え冷えとした声音でキュッリッキは言い放つ。

「あのくらい、わけないわ」




 ソープワート国と敵対するサントリナ国は、共に惑星ヒイシに属するヴィプネン族の小国である。ハワドウレ皇国の属国にしか過ぎないが、ことあるごとに小競り合いが起こり、すぐに小さな戦争を引き起こしていた。

 今回も国境の小競り合いにしかすぎず、発端は、サントリナ国の兵士が躓いて国境線を越えて、ソープワート国の領土に上半身をついた、というのが原因だった。

 くだらない、あぁくだらない。チャイヴズは首を横に振ってため息をついた。

 一兵卒でしかない自分が、政治のことにまで苦悩するのは度が過ぎるとは思う。しかし、そのくだらない理由で命を落とす兵士たちもいるだろうことを思うと、ため息をつかずにはいられない。

 これまで良識派として貫いてきたが、もう六十の歳を迎え、戦場で指揮を振るうのもきつくなってきた。この戦いで無事帰ることができたら、職を辞して、穏やかな老後を孫と共に過ごそうと考えていた。

 砂埃で味付けされた昼食の皿を見やり、チャイヴズはげっそりと肩を落とした。

 その時。

 突然地面が振動し唸りだした。地震とも違う激しい揺れ。そして、馬や人の悲鳴や叫び声で辺りは騒然となった。

 チャイヴズは携帯椅子から転げ落ちて、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。同時にテントの外から部下の悲鳴が投げかけられる。

「閣下ーー!」

「案ずるな、儂は無事ぞ!!」

 激しい地面の揺れで返す声も震える。身体も思うように動かせず、チャイヴズは忌々しげに視線だけを上げた。

 そして激しい爆発音が四方八方から轟き、揺れはぴたりとおさまった。

 もう揺れがないことを確認するように素早く周囲を見て、チャイヴズは立ち上がってテントの外へ飛び出した。

 すぐさま護衛兵が三名駆け寄る。

「なんだこれはっ…」




「うひょー!」

 ザカリーは岩陰から飛び出して、谷間の様子に驚嘆の声を張り上げた。

「すげーすげーすげーーー!!!」

 傍らのキュッリッキを振り返る。

「あれなになにっ?」

「ゲートキーパー」

「うっは~~~」

 谷間に陣取るソープワートの軍勢を取り囲むようにして、巨大な壁が隙間なく出現していた。

 壁は鉄の色をしていて、うっすら蒸気が立ちのぼっている。とくに装飾もなく、ただの鉄の分厚い板のようだった。

「深き沼よ…」

 じっとソープワート軍を見つめ、小さく呟く。

「全てを飲み込む飢えた闇の沼よ……こい!!」

 キュッリッキの双眸が、強い光彩を放った。

「おお…」

 壁に取り囲まれた中に、突如真っ黒い何かが吹き出し、中に居たソープワートの軍勢を一気に飲み込んだ。

 ザカリーは目の前の光景を凝視して息を飲んだ。




 突如目の前が真っ黒に染まり息が詰まった。

 部下を呼ぼうにも声が出ない。

 嗅覚を刺激したこの臭は、泥の臭だ。

(次から次へと……何が起こっているのだ…)

 チャイヴズは酸素をもとめて両手を上げる。しかし、身体の自由を奪うような圧迫に、両手をもがいたような錯覚を感じただけだった。

 目を開けることも出来ず、チャイヴズは次第に力が抜けぐったりとしてきた。そして嗅覚には血臭も混じって感じられた。

(なんということだ……)




 鉄の壁の内側は、真っ黒な闇のような泥が生き物のようにうねり、ソープワート軍をいたぶる様に飲み込んでいった。

「これで、アイツらオシマイ」

 ふんっと小さく鼻を鳴らすと、キュッリッキは感情のこもらぬ表情をザカリーに向けた。

 ザカリーのほうは、感極まった顔で目を輝かせてキュッリッキを見つめている。

「巨大な鉄の壁に、真っ黒い泥! あれは何を召喚したの!?」

 ずいっと顔を近づけ、ザカリーはキュッリッキに詰め寄った。

「……見たまんまよ。ゲートキーパーと飢えた闇の沼を召喚しただけ」

 片手でザカリーの顔を押しのけながら説明する。

「ゲートキーパーは状況に応じて自ら形や性質を変える。今回は熱を帯びた鉄に変化したみたいね。這い上がって逃げられないために。

 闇の沼は常に飢えているの。雑食だからなんだって食べる。アルケラへ帰れば跡には何も残らないわ」

 キュッリッキは軽く肩をすくめた。

「オレ召喚士って見たのキミで三人目だけどさー、あんなデカイものを二種類も召喚してたの見たことないぜ」

「そうなの…」

 キュッリッキはほかの召喚士と面識が一切なかったので、誰でも同じように呼べるのだと思い込んでいたから少々驚いた。

「キミが最強の召喚士って噂されてるのが、よく判った!」




・序章 最強の召喚士 おわり 




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002 第一章 ライオン傭兵団 仲間(一) 

 

第一章 ライオン傭兵団 仲間(一) 002



 オレンジ色に塗装された瓦の上に座り、キュッリッキはぼんやりと空を眺めていた。

 水色の空には薄い白い雲が散らばり、ゆっくりと流れていく。時折小鳥の飛んでいく影が映るが、それ以外はなにもない。

 ひっそりと小さくため息をついて、両膝を抱えて膝頭へ顎を乗せる。

(ちゃんとやっていけるかなぁ…)

 鳴り物入りのようにして入団した”ライオン傭兵団”。拠点である惑星ヒイシはおろか、他惑星にもその名を轟かす有名な傭兵団だ。

 フリーの傭兵や、他の傭兵団に所属する傭兵ですら、ライオン傭兵団に憧れる。

 超一流の傭兵たちが所属し、少数団体とはいえ大きな仕事をいくつもこなし、しかも失敗もなく早い。

 そしてなにより、スポンサーがついていることが大きい。それも国の機関に属する大物だと言う。スポンサー筋がよければ仕事の質も報酬もずっと良い。

 そこへキュッリッキをスカウトしたのは、そのスポンサー本人で、名をベルトルドというまだ若い青年だった。

 スポンサー直々のお声掛りであり、キュッリッキは巷で実力者として有名だった。充分やっていける自信も実力もある。ただ、ため息をつくほどの心配事はただ一つ。

(無意識にトラブル振りまかないか…それだけが不安だわ…)




「えー…我々のスポンサーであるベルトルド卿自らがスカウトしてこられた、キュッリッキさんです。どうぞよろしく」

 紹介を受けて、キュッリッキは背後の青年を振り返る。

 キュッリッキより頭二つ分背が高く、細面で柔和な顔には、ちょっとばかり長めの前髪がかかって、にっこりと笑んでいた。

 ライオン傭兵団を預かるリーダーのカーティスである。

 片手で軽く促され、キュッリッキは正面に向き直ると、やや上目遣いで正面に居る一同を見る。

「キュッリッキです。よろしくお願いします…」

 多少間が開いたあと、ぼそりぼそりと「よろしくー」と声がかけられた。

 拠点であるアジトの食堂に皆集められていた。椅子や机に座る者、壁にもたれかかっている者、興味深そうにキュッリッキを見つめている。それらの視線を受けて、キュッリッキは居心地が悪そうに肩をすくめた。

「せっかくですから、団員の自己紹介しておきましょうか。ではシビルさんから順番によろしく」

「えっ私から!?」

 鼻づまりしたような声が、足元からあがってきた。

「えーとじゃあ……、私はシビル、見た通りタヌキのトゥーリ族ですよろしくね。得意なのは防御魔法で、戦闘では結界や防御を担当しています。応急処置程度の回復魔法も使えたりします」

 タヌキと人間の幼児が合体すると、こうなるのか、というような姿をしていて、大きく膨らんでいるフサフサの縞模様のしっぽが気持ちよさそうだ。

「んじゃ次はマーゴットさんどぞ」

 シビルに促され、隣に立っていた女が軽く頷いた。

「私はマーゴット。回復魔法を担当してます」

 可愛らしい顔立ちと、茶色のボブヘアーで、キュッリッキと歳は変わらないようだ。

 けして太っているわけではないが、若干足が短く太い印象を受けるのは、ヴィプネン族の特徴だった。

「オレはギャリーっていう剣士だ。大抵の武器は使いこなすが、主に長剣が得意だな。嫌いなのは努力しねー奴」

 ごく平凡な顔立ちをしているが、その茶色い瞳は、さきほどからキュッリッキをじろじろと品定めするように見ている。努力するタイプかしないかを、そうやって計っているようだ。

「オレはルーファス、もともと騎士団にいた騎士で、今は傭兵騎士。ちょっとだけサイ(超能力)も使えるんだ。よろしく」

 騎士という職業がぴったりイメージに当てはまるような美丈夫で、切れ長の瞳は優しく笑んでいた。

「アタシはペルラ。猫のトゥーリ族出身、得意なのはアサシン術」

 人間の標準体を一回り小さくしたような体格で、猫を擬人化したような顔立ちに、細長い尻尾が後ろでゆらゆらと揺れていた。身のこなしは実に軽そうである。

「オレはザカリー。さっき一緒に居たよね~。銃器担当で解体が得意! なんか壊したいモノあったらオレに回してっ」

「無類の女好き、が抜けてるぜ~」

「それはルーだってそーだろー!」

「オレの第一印象壊すなよおまいら!!」

 ギャリーに突っ込まれ、ザカリーとルーファスが噛み付く。

「ちょっとー、まだ自己紹介の途中でしょーが…もう」

 少し甲高めの声が足元からあがる。

「ボクはハーマン、よろしくね。攻撃魔法と防御魔法が使えるけど、得意なのは攻撃魔法なんだ。時々力が暴走することもあるから先に謝っとく……」

 キツネのトゥーリ族で、身長はシビルと大差なかった。ふさふさの黄金色の尻尾の先っちょが、墨のような黒い色をしていた。

「ランドン、ていう。回復魔法担当」

 眠そうな目の冴えない顔の青年が、しゃべるのも億劫そうで、ただ、手をスッと上にあげて挨拶の形をとった。

「口数少ないけど、ジェスチャーでコミュニケーションはかるオモシロイ奴なんだ」

 ルーファスから補足が入った。

 それは付き合いづらそうな、とキュッリッキはひっそりと思った。

「ボクはタルコット。得意な獲物は大剣。攻撃は全てボクに任せていれば問題ない」

 自信に満ちあふれた言い方で、大きく頷いた。腕に相当自信があるのだろう。

 黒一色の服と甲冑を身につけていて、背には見事な漆黒の刀身の大剣が背負われている。柄も装飾も黒一色。よほど黒にこだわりでもあるのか、黒ずくめだった。

「オレはメルヴィン、よろしくお願いします。そこそこの実力しかないけど、担当は剣士です。ここでは初めての召喚士入団だね。さっきは凄かったよ」

 にこやかに挨拶されて、キュッリッキはドキリとした。嫌味のない優しげな笑顔で、誠実そうな性格だろうことが伺える雰囲気を帯びていた。

「困ったことがあったら相談してね。じゃあ次ガエルさんどうぞ」

 メルヴィンから紹介されたガエルは、それは驚く程体格が大きかった。

「熊のトゥーリ族出身だ。主に格闘が担当。一個師団の戦闘力を自負している」

 なるほど熊か…と見上げるその姿は、無言の威圧感がビリビリと伝わってくるようだ。

 一人で一個師団の戦闘力とは、大げさな例えに聞こえそうだが、その力強い黒い瞳は、本当かもしれないと思える説得力を兼ね備えていた。

「私はブルニタル。学者であり、ここでは軍師のようなことをしています。戦闘がスムーズにいくよう作戦を立てたり、説明をしたり采配したり。そしてペルラと同じく猫のトゥーリ出身です」

 猫が眼鏡をかけると、こんな顔になるんだ、などと内心苦笑してしまう。口調は丁寧なのだが、どこかツンケンとした空気を感じ、キュッリッキにあまり好印象を与えなかった。

「アタシはマリオン。前は皇国の音楽隊にいたことがあるんだ~。だから楽器演奏が得意なの。なんでも演奏出来るー。歌はあんま得意じゃないかもー。もって生まれたスキルはサイ(超能力)で、演奏にサイを混ぜて攻撃とか催眠とか出来ちゃうんだよね~」

 かったるそうに、しかし、詳細に挨拶されてキュッリッキは苦笑した。ヴィプネン族の女にしては、足が長く細いのが印象的だ。

「あれ~…俺様で最後~?」

「そうですよ、早く紹介よろしく」

 カーティスに促されて、床にぺたりと座り込んでいた男が立ち上がった。

「俺様がヴァルトだ! 格闘術ならガエルにだって負けないぞー。そしてライオンで唯一のアイオン族出身だ」

 言い終えると同時に、ヴァルトの背から、白い大きな翼がバサリと室内に広がった。

 柔らかな金髪の隙間から覗く青い瞳に射すくめられ、キュッリッキは明らかに狼狽したような表情を浮かべた。

「俺様カッコイイだろ!」

 そう言って、両手を腰にあてて胸を張る。

 邪魔だからしまえそれ! 顔面にもろぶつかったぞ!! などと、仲間たちから苦情があがる。

 なんだよもーとぶつくさ文句を垂れながら、ヴァルトは見事な翼をたたんで背にしまった。

「やれやれ、やっと終わりましたね。数は少ないんですが自己主張の強い連中なんで、すみません」

 苦笑混じりにカーティスが頭を下げる。

「私は支援魔法中心に使います。一通り魔法は使えますが、メインは弱体系が得意ですね」

「バランスのとれたスキル持ちが揃ってるわね」

「ええ。皆若いですが場数は相当踏んでます。そしてキュッリッキさんが入ったことで、戦力は格段に上がりましたよ」

 カーティスは満足そうに頷く。

 サントリナ国からの依頼を受けて、ライオン傭兵団はソープワート国の一個大隊を迎え撃つところだったが、カーティスからの提案で、入団が決まったばかりのキュッリッキの実力を団員に見せる意味もあって、一人で迎え撃たせた。

 それを断ってくれば、所詮その程度、召喚士神話の一人歩きだと思っていたが、キュッリッキは二つ返事で受けたのだ。

 スポンサーであるベルトルドからの強い推薦があったとはいえ、カーティス自身召喚士というものにこれまで縁がなく、どの程度の実力なのか、どう戦うのか知っておきたかった。果たして召喚士は必要なのか否かを。

 団員たちと共に、キュッリッキとは離れた位置で見ていたが、戦場の様子を見て圧倒された。

 巨大な壁が突如現れ、軍団をぐるりと取り囲んで逃げ道を失わせ、壁の中に黒い何かが出現し全てを飲み込んだ。

 壁も黒いなにかも消えたあとには、乾いた砂塵だけが虚しく漂っているだけだったのだ。

 それもたった数分の出来事。

 あんなものを見せつけられては、入団を拒む理由がなかった。

 それに、団員の中には、ほかの召喚士を見たことがあるそうだが、あれほどの召喚を一度に行った召喚士を見たことがないという。

 実力は本物だ。そうカーティスは確信していた。

「では紹介はここまでにして、今夜はキュッリッキさんの歓迎会をいつもの店でやりましょうか。手配はメルヴィンお願いします」

「わかりましたカーティスさん」

「夜まで解散です」




 メンバーたちは解散の合図とともに、食堂を出て行ってしまい、一人取り残されたキュッリッキは、とくにすることも思いつかず、アジトの屋根に登ってぼんやりと空を眺めるに至った。

 キュッリッキは自他共に認める人見知りだった。自分からすすんで話しかけることも出来ないし、輪の中に入ることも大の苦手だ。きっかけさえあれば、入ることはできるけど、まず自らがきっかけを生むことはない。

 きっかけを与えてくれそうだったメルヴィンという男は、生憎歓迎会の幹事を任されて外出してしまった。他にも話しかけやすそうなメンバーはいたが、まだ初対面。足がすくんだように気持ちが消極的になって、とても実行できそうになかった。

 過去幾度か人見知り体質を克服しようとし、命懸けのような必死な気持ちで挑んだが、それは空回りして、仲間との間に軋轢をうんで大失敗の連続だった。

 もともとフリーの傭兵だから、ひとつの組織に長居することはない。けど人見知りなうえ人付き合いまで苦手ときては、長居したくてもできなかった。

 キュッリッキのため息の原因はまさにそこで、新しく入ったライオン傭兵団でも、同じことを繰り返すのではないかと気が気でない。

 失敗を恐れて殻にこもれば、誰とも打ち解けない。しかし、無理をすれば失敗する。キュッリッキには加減の仕方がどうしても判らない。

 学ぼうと努力は続けているのだ。

 考えれば考えるほど、キュッリッキは激しく落ち込み凹んでいった。

「なーに一人で暗く落ち込んでんだ??」

「きゃっ…」

 背後からいきなり声をかけられて、ぎょっと振り返る。

 そこには両腕を組んで、仁王立ちしながらキュッリッキを見下ろしているヴァルトがいた。

 かなりの長身なので、一瞬誰だかわからなかったが、それがヴァルトだと気づいて、キュッリッキは妙に身構えてヴァルトの顔を見上げた。

「ちょっとハナシあんだよ。付き合え」

「……え?」

「あっちいこー。こいっ!!」

「ちょっ」

 ヴァルトはキュッリッキの両脇に手を入れると、そのまま抱えて屋根を蹴って飛び降りた。

「やっ……」

(ヤメテ落ちるっ!!)

 声に出ない悲鳴を心の中で叫ぶと、キュッリッキはギュッと目を瞑って身体を固くした。

「バーカ、落ちないよ」

 頬につたう風の感触と、羽ばたく音で、キュッリッキはようやくヴァルトがアイオン族であることを思い出した。そして同時に傷ついたように唇を歪め、目を伏せた。




第一章 ライオン傭兵団 仲間(一)続く



003 ライオン傭兵団 仲間(一)

001 序章:最強の召喚士

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003 第一章 ライオン傭兵団 仲間(一) 

 

第一章 ライオン傭兵団 仲間(一) 003



「そ~~~~~~~いっ!」

 ヴァルトは元気に掛け声をあげると、キュッリッキを藁束の上に放り投げた。

 上空三メートルから勢いよく放り投げられ、顔面から藁束に突っ込んで、盛大に舞ったホコリと藁くずにまみれてしまった。

「俺様ナイスコントロール!」

 腕組をしながら満足そうに頷く。

(いつか……絶対……ぶっ殺す!!)

 よろよろと上体を起こし、キュッリッキは心の中で拳を固く握った。

 ホコリと藁くずの舞がおさまるのを見計らってヴァルトは降りてくると、キュッリッキの横に着地し胡座をかいた。

 家畜の餌用にまとめられた大きな藁束が、いくつも無造作に置かれた倉庫裏の一画だった。人気もなく辺りを気にする必要もない。

「で……話ってなに?」

 身体についたホコリと藁くずを叩き落としながら、藁束の上から飛び降りる。

「オマエ、あの片翼の出来損ないだろ?」

 ヴァルトは胡座をかいた上に肩肘をついて、じっとキュッリッキを見おろしている。

 キュッリッキはそんなヴァルトを険しく睨み上げた。

「……同族なんだから知ってるでしょ」

「まーね。オマエ結構有名だったから」

 ヴァルトは言葉を一旦切ると、視線をキュッリッキから空へと向ける。

「アイオン族は完璧であらねばならない。欠陥品はクズ同然、アイオン族を名乗るのもおこがましい。飛ばない鳥を鳥とは言わない。アイオン族の面汚し」

「……」

「三代前のおーさまがきっぱり宣言しちゃったせいで、オマエみたいな奇形児は風当たり冷たかったんだろうな」

 キュッリッキの脳裏に浮かぶ幼い頃の光景。

 空を見上げている少女、ボロをまとって悲しげに、すがるようにただただ空を見上げていた。

 キュッリッキはそっと目を伏せた。




 世界には大きく分けて三つの種族が住んでいる。

 肌の色や髪の色、瞳の色や体格差などは様々だが、突出した身体的特徴を持たず、固有能力も持たない人間であるヴィプネン族。もっとも人口が多い。

 動物や魚などの能力を有し、またその姿もそれに近い人間のトゥーリ族。唯一鳥類だけはいない。

 そして、背に2枚の巨大な翼を有し、天空を自在に翔け風を読み、ほとんどのものが優れた容姿を持つアイオン族。

 翼は自在に身体から出し入れ可能で、翼をしまっている状態ではヴィプネン族と見分けがつかない。気位が高い上に選民意識が強く、他種族を見下す傾向があり、それを隠しもせず露骨に振舞う者が多いことから、アイオン族を快く思わない者が多い。

 その極みとも言えるアイオン族の第57代皇帝アルファルド。

 この男が帝位に就く際に、

「アイオン族は完璧であらねばならない! 欠陥品はクズ同然であり、アイオン族を名乗るのもおこがましいのである。飛ばない鳥を鳥とは言わないであろう!!」

 拳をふるい、民衆の前で熱弁した。

「予の治める国にそんな欠陥品はいらぬ、アイオン族の面汚しは即刻排除すべし!!」

 そう布告を出した。

 身体に障害を持つ者は容赦なく駆逐され、惑星ペッコに悲劇の嵐が吹き荒れたが、アルファルドが死んで皇太子のレムリウスが帝位を継ぐと、無慈悲な布告は即排除された。

 しかし40年以上も続いた悪習はアイオン族に深く根付き、すぐにはぬぐい去られず、それはいまだに暗い影を落とし続けていた。

「翼見して」

 ヴァルトは何の感情もこもらぬ声で言う。

 キュッリッキは複雑な表情を浮かべ、きゅっと下唇を噛んだ。両手の拳を握り、肩を震わせる。無言で恨めしそうにヴァルトを睨みあげた。

 そんなキュッリッキの視線をものともせず、ヴァルトは青い瞳でただ、キュッリッキの瞳を見つめ返した。

 素の色は緑系だろうか。瞳は虹色の光彩を放ち、不思議な色に染まっている。

 ヴァルトは自由都市に住んでいた頃に、両親から聞かされた奇形児の話を思い出していた。

 アイオン族に生まれ落ちた、稀少中の稀少、召喚スキルを持った奇形児の少女のことを。

 本来なら、種族をあげてその誕生を祝い称えることになっただろうに、奇形児として生まれてしまったため、種族をあげて蔑まされる羽目になった。

 その少女の名を、キュッリッキといった。

 両親はその話をするとき、少女のことを痛々しそうに話していた。

 悪習の名残から、奇形児のことをそんな風に話すアイオン族は殆どいないが、アイオン族の治める惑星ペッコから離れ、他惑星で暮らすアイオン族の中には、そうした偏見を持たない者が少なからず居た。

 ヴァルトの両親も、偏見とは無縁の性格をしている者たちだった。

 そんな両親たちに育てられたヴァルトも、偏見意識は殆どない。蔑まされる少女を可愛そうだとも思ったし、出会うことがあれば、力になってあげたいとも思っていた。

 そしてなにより興味深いことがあった。それを確かめたくて、キュッリッキを攫うようにして人気のないここまで連れてきたのだった。

 ヴァルトは何も言わず、キュッリッキが翼を出すまで黙って見おろしていた。

 キュッリッキはヴァルトを睨み続けていたが、やがて観念したように目を伏せると、小さな溜息をこぼした。

 両手を胸の前で交差させ、腕を抱く。僅かに前のめりになるようにすると、腕を抱いた手に若干力を込めた。

 ヴァルトは大きく目を見開いた。

 そこには、見事な翼が右側に一つと、朽ち果てたような無様な翼が左側に一つ。

「噂は本当だったんだなあ……」

 上ずったような声でヴァルトは呟いた。

 その呟きを、キュッリッキは片翼のことだと思って顔を俯かせた。

「瞳と同じように、翼も虹色の光彩をまとっているのか~。キレーだなあ」

「え?」

「オマエの噂話を聞いたとき、その翼の色の話も聞いたんだ。召喚スキルを持つと翼の色までチガウもんなんだなって」

 アイオン族の翼は本来白色をしている。クリーム色系をしていたり、青みがかっていたり、個人差は多少あるものの、真っ白な翼をしているものだ。しかし、キュッリッキは生まれ落ちた時から、翼にも虹色の光彩が散らばっていて、それは珍しいと噂になった。

「会うことがあれば、一回見たかったんだ~。過去アイオン族に召喚スキルを持った奴がいたって話は聞いたことないしな」

「そういえばそうね…」

 キュッリッキは僅かに考え込むように首をかしげた。

 そもそも自分以外の召喚士に出会ったことがないから、よく判らない。

「あんがとな! もう仕舞っていいぞ」

 大満足そうに鼻息をつくと、ヴァルトはふとキュッリッキの背後に目を走らせた。

「おーーーい! そこでなに覗き見してるんだ覗き魔!!」

「!?」

 ヴァルトは藁束の上に立ち上がり、片手を腰にあて、もう片方の手を前方に伸ばして、人差し指を積まれた木箱にビシリと向けた。

「あれ~、判っちゃった~?」

 ヘラリとした笑い声と共に、木箱の影からザカリーが姿を現した。

「バレバレだろーが、バカだな!!」

 ヴァルトは腕を組んで仁王立ちしながらザカリーを睨みつけた。

 ザカリーは降参のポーズを取りながら二人のそばにくると、いまだに翼を出しっぱなしのキュッリッキに、物珍しそうな視線を向けた。

「まさかアイオン族だったとはねぇ~。珍しい色の翼だし、今日はびっくりさせられっぱなしだよキミに」

 興味津々の笑みをキュッリッキに向けたが、返ってきたのは怒りに染まった殺意に満ちた視線だった。

 キュッリッキはザカリーに色々と言ってやりたいことがたくさんあったが、怒りと屈辱でうまく言葉が出せない。頭の中はパニックに陥っていた。

 自分がアイオン族であることはずっと隠してきた。片翼の奇形の為飛ぶことが出来ないからだ。

 アイオン族が他種族からどれほど嫌われているかは、これまでの傭兵生活でよく知っている。高慢ちきで気位の高い種族、だと。

 そんなアイオン族であるキュッリッキの奇形の翼を見たら、これみよがしに侮辱を受けるに違いなかった。

 同種族からも散々受けてきたのに、他種族にまで侮辱されるなど、キュッリッキには耐えられない。

 他人に翼を見せることに、激しい抵抗はあったが、ヴァルトは同種族の者同士で事情も知っていることから、嫌だったけども見せたのだ。それなのにヴィプネン族であるザカリーにまで見られてしまった。

 屈辱と怒りで殺気を放つキュッリッキを見て、ヴァルトは軽く首を横にふると、藁束から勢いよく飛び降りた。そしてポンッとキュッリッキの頭を叩き、間隔を置いて、もう一度ポンッと頭を叩いた。

「すまんかったな。ザカリーに気付かなかった」

 そう小声でキュッリッキに言うと、ザカリーとキュッリッキの間に立ち、キュッリッキを背に庇うような位置でザカリーを見おろす。

 ヴァルトはザカリーより頭3つぶん背が高かった。更に翼を広げたままなので、完全に視界を遮られてキュッリッキが見えなくなった。

「見ちゃったモンはしょーがないが、このことは黙ってろよ!!」

 仁王立ちに腕組のポーズ。更にふんぞり返っている。

 ザカリーはバツが悪そうに頭をカシカシかくと、上目遣いにヴァルトを見た。

「言いふらすことじゃないから、黙っとく」

「アタリマエダ!!」

 更にヴァルトはふんぞり返った。

「まあ……なんだ、オレは先にアジトに戻っておくよ」

 身体をずらしてキュッリッキを見ようとしたが、がっちりとヴァルトにガードされて見えなかった。

「あきらめろん!」

「へいへい」

 ザカリーはジャケットに手を突っ込むと、のらりくらりとその場をあとにした。

 歩きながら、キュッリッキの背に見えた翼を思い出す。大きな翼と、翼の形を成していなかった無残な翼を。

(片方の翼がいびつだったな…)

 話は聞こえてこなかったが、キュッリッキのあの怒り様と、ヴァルトの庇うような姿勢から、見てはいけなかったものを見てしまったということだけは察しがついた。

 ヴァルトがキュッリッキを抱えて飛んでいくのが部屋から見えたので、気になって着いてきてしまったが、興味本位で見るものじゃなかったのだと、少し後悔の念が押し寄せてきて、ザカリーは軽い憂鬱気分に陥った。




第一章 ライオン傭兵団 仲間(一) 終わり



004 ライオン傭兵団 仲間(二)

002 ライオン傭兵団 仲間(一)

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004 第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 

 

第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 004



「乾杯かんぱ~~い!」

 ザカリーの音頭で、複数のグラスの重なる軽快な音と、個々に「乾杯」と言う声が、賑わう店内に鳴り響いた。

 ライオン傭兵団が日頃贔屓にしている酒場〈豪快屋〉の一角を陣取り、新たなる仲間を祝っての歓迎会である。

 古びた木材で建てられた〈豪快屋〉は、洒落た飾りなどなく、所狭しと置かれた酒樽や酒瓶、建物と同じような古びた木製のテーブルと椅子、適当に吊り下げられたランプ。雑然としてはいるが、どこかホッとするような安堵感もある。それは、ランプから漏れるほの明るい光と、店内を賑わす陽気なざわめきだろう。

 夕飯時には若干早い時間帯だが、店内はすでに出来上がった常連客たちで賑わい、酒の匂いと料理の湯気が立ち込めていた。

 今日の主役であるキュッリッキは、奥の中央席に押し込められ、左右をメルヴィンとシビルに挟まれ、手厚くもてなされていた。

 楕円形のテーブルには、皇都イララクス特産品の魚介類中心の料理が、温かな湯気と食欲を刺激する匂いを放っていた。

「この店の料理はどれも美味しいけど、とくにこのエビの炒め物がオススメ」

 シビルは椅子の上に立ち上がって、短い腕を伸ばし、小皿にエビをとりわけてキュッリッキの前に置いてくれた。

「ありがとう」

 くるりと丸まったエビは大きく、ぷりっとしていて肉厚だ。フォークで突き刺すと、わずかな弾力があり、キュッリッキは一口に頬張った。

 口内に甘いエビの味と、ニンニクと香辛料の匂いがふわりと広がり、自然と顔がほころぶ。

「ね、美味しいでしょ」

「うん」

 キュッリッキの声も、ほぐれたように明るくなった。

 つられてシビルも笑顔になり、縞模様の尻尾をふわふわと揺らしていた。

 〈豪快屋〉に連れてこられたキュッリッキは、明らかにコチカチに緊張していたが、加えてどことなく、憤懣やるかたない、といったオーラを放っていた。

 ヴァルトとザカリーが、何となく訳知り顔をしていたが、あえて詮索しないのが、暗黙の了解の傭兵団。

 幹事を任されたメルヴィンと、こういったことに敏感なシビルの二人は、キュッリッキの緊張と機嫌をほぐそうと、率先して左右に陣取って接待した。これは彼女のための歓迎会なのだ。

「追加の飲み物はどう? お酒は何が好きかな? 色々あるんだよ~ここは」

 メルヴィンは手垢で薄汚れた羊皮紙に書かれたメニュー表を、キュッリッキの横に広げ酒の種類を読み上げる。

 ちょっと考え込み、遠慮がちにメニューの一部を指差す。

「じゃあ……りんご酒にしようかな」

「おっけー」

 他のメンバーの追加注文も聞き取って、メルヴィンは腰を浮かせて店員を呼ぶ。その間シビルはせっせと料理を皿にとり、キュッリッキや他のメンバーに回していく。

「相変わらずマメだねーシビルちゃん!」

 大きなトレイに、色とりどりのグラスを載せて、大柄な男がニヤリと歩いてきた。

「こんばんはマスター。こういうことは、誰かがやらなきゃね~」

 言って、シビルは苦笑した。

「がはははは、真面目な性格は苦労が耐えねえな!」

 男は大声で笑いながら、グラスをテーブルに置いていく。そしてキュッリッキに目を留めると、小さく首を傾げる。

「見慣れねぇねーちゃんだな、新入りかい?」

「ええ、うちの新しい団員です」

 これにはカーティスが笑顔で答える。

「ほほ~~~! 今をときめくライオンの新入りかい!! 見た目は踊り子みてーだが、魔法使いかなにかか?」

「いえいえ、召喚士ですよ」

 これには男だけでなく、店内が騒然とどよめいた。

 店内の視線を一身に集めたキュッリッキは、フォークを握り締めながら、ただ目を丸くして固まっている。

 カーティスはにこにこと笑顔を絶やさず、この様子を楽しんでいるようだった。

「こら驚いたなあ……召喚士が傭兵なんかやっているのかい」

 男は心底驚いたように、荒く息を吐き出した。

「おいおい本物か!?」

「オレ召喚士見たことねえっ」

 店が揺れるくらいの足音と共に、テーブルの周りには人だかりができ、押せや押せやで騒然とした。そんな〈豪快屋〉の騒ぎを聞きつけた周辺の野次馬たちが、興味本位でどんどん店内に集まってきた。

 この事態を見たメルヴィンは呆れ顔のまま、テーブルの反対側に座るカーティスに、耳打ちするような仕草で話しかける。

「ちょっとマズくないですかカーティスさん、こんなに騒がれちゃって…」

「ですねえ…、私も調子に乗りすぎたようです」

「どーせ宣伝効果になるとか、狡いこと考えて言ったんだろカーティス」

「せこいねえ~」

 ギャリーとルーファスに突っ込まれて、カーティスは苦笑いで肯定した。

 騒ぎを治めようとメルヴィンが腰を浮かせたとき、ガタリと勢いのいい音が鳴り響き、一瞬店内が静寂に包まれた。

「さあオマエたち! 拝観料を払うがいい!!」

 空のジョッキを野次馬の群れに突き出し、もう片方の手を腰にあて、ヴァルトが仁王立ちで叫んだ。

「ありがたい召喚士サマだぞ! 一人金貨一枚だ!!」

「高すぎるだろ!!」

 異口同音に野次馬たちが叫び返した。

「なんだ払えないのか! ならあっちへいくんだ、俺様たちはカンゲーカイの真っ最中なのだ!!」

 ヴァルトのいちいち偉そうな言い方と態度に気圧されて、野次馬たちはぐっと引き、渋々と退散を始めた。その野次馬たちに舌を出し、鼻を鳴らしてヴァルトは腕を組む。優男な顔立ちなのに、その尊大な態度の方が存在感が強かった。

「なんてケチな連中だ!」

「追い払うことに成功したんだから、もう座れヴァルト…」

 物凄くめんどくさそうな表情をして、ペルラはヴァルトの上着の裾を引っ張った。

「ああ!! 俺様のペルラ!!!」

 ヴァルトは素早くペルラに振り向いて、床に片膝をつくと、長い両腕を広げた。

「……黙れ」

 空の皿を手に取ると、容赦ない力でヴァルトの頭に食らわせた。

 二人の様子を横目で見ながら、店主の男はすまなそうな表情をキュッリッキに向けて詫びた。

「ごめんなねーちゃん、騒いで見世物にしちゃってよ」

「はあ…」

「まあライオンに入ったんなら、今後もうちにくることがあるだろう。オレはこの店の店主でグルフだ、よろしくな」

 にかりと笑い、グルフは手にしていたグラスをキュッリッキの前に置く。

「オレからの入団祝いだ」

「ありがと…」

 騒ぎの余韻を引きずったままの表情で、キュッリッキはぎこちない笑顔を返した。




「やれやれ…とんだ大騒ぎになりましたねえ」

 メルヴィンは大仰な溜息をついた。その様子を申し訳なさそうに見て、カーティスは肩をすくめた。

「ホントですね。ヴァルトの機転で助かりましたよ」

「タダで見ようとか、考えが甘すぎだ!」

「そもそも見世物じゃありませんから…」

 メルヴィンが軽く突っ込む。

「大丈夫ですかキュッリッキさん、吃驚したでしょう」

「あ…うん」

 キュッリッキはメルヴィンに小さく頷くと、グルフからの祝いであるりんご酒を一口飲んだ。

「ねえ、召喚士ってそんな珍しい? ここ皇都でしょ、他にも召喚士いっぱいいるんじゃないの?」

 先程から気になっていたことを、思い切って一同に問いかけてみた。しかし、絶句のような沈黙が戻ってきた。

「アタシ、何かヘンなこと言った?」

 予想外のみんなの反応に、キュッリッキは「あれ?」といったように、不安そうに肩を縮める。

「召喚士は本来、雲の上の存在なんです」

 眼鏡をかけ直し、ブルニタルはキュッリッキを睨むように見据えた。



第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 続く



005 ライオン傭兵団 仲間(二)

003 ライオン傭兵団 仲間(一)

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005 第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 

 

第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 005



 人間は、生まれつき一つのスキル〈才能〉を授かって生まれてくる。

 そのスキル〈才能〉は多種多様で、商売、職人、戦闘、学問、芸術など、そのひとの個性や特技になるようなものを、必ず一つ確実に備えて生まれるのだ。

 スキル〈才能〉を磨き育てていけば、将来そのスキル〈才能〉を活かした仕事で身を立てることができる。ただし、生まれ持ったスキル〈才能〉以外のものを選んで磨き、追求しても、そのスキル〈才能〉持ちに比べるとはるかに劣る。

 三歳になると、各地にあるスキル〈才能〉判定所で、どんなスキル〈才能〉を持って生まれたかを調べてもらえる。スキル〈才能〉次第では、その時点でほぼ将来が決まると言っていい。

 スキル〈才能〉は遺伝しない。一代限りのものだ。

 パン職人のスキル〈才能〉を持つ両親から、魔法使いのスキル〈才能〉を持った子供が生まれることだってある。なので親を選んでスキル〈才能〉を授かることは、絶対に不可能だった。

 そうした様々なスキル〈才能〉の中に、レアスキルと呼ばれる特殊スキル〈才能〉がいくつかある。

 魔法、超能力、機械工学、そして召喚スキル〈才能〉。

「圧倒的に少ないレアスキルの中でも、レア中のレアなのが召喚スキル〈才能〉です」
 魔法、超能力、機械工学のレアスキルは、百人にひとりの確率で生まれてくるが、召喚は一億人に一人の確率と言われている。そのため実在するのかどうかすら、定かではないと言われていた。

「召喚スキル〈才能〉を持って生まれてきたひとは、必ずと言っていいほど、幼い頃に国が家族ごと召し上げ、一般人の前に姿を見せることがありません。王族並みの待遇を受け、戦争でもよほどの局面でしか投入されないと聞きます」

「……」

「だから、あなたが傭兵をしていることは、我々にとっては不思議なことなんです」

「そ……そうなんだ…」

 きょとんとした表情で、キュッリッキは小さく呟いた。

(不思議、なんて初めて言われちゃったな…)

 傭兵でいることに、罪悪感でも持たないといけないのかと、キュッリッキは内心首をすくめた。

(家族ごと……か)

「そういや、ザカリーは軍に居た頃、ナマ召喚士見たことあんだろ?」

 飲み食いしながら黙って話を聞いていたルーファスが、ふと思い出したように話をふる。

「ああ。どっちもオレらと同じヴィプネン族のオンナで、二人居たなあ」

 明後日の方向へ視線を向けながら、ザカリーは記憶をたどる。

「神官どもみたいなカッコしててさ、演習の時にちょろっと現れたんだ。騎士団が護衛にへばりついてて、よくわかんねー召喚を見せつけて帰っちまったな」

「わかんねー召喚ってなんだよ」

 ギャリーが笑い含みに突っ込む。

「いやさー、今日のキュッリッキの召喚と比べると、ホントなにを召喚したんだろ? て思うくらい、小さな規模だったぜ」

 そう言って、フォークで宙に円のようなものを描く。

「二人揃って召喚したもんが、なにやら円形の……なにかだ」

「まーったくわからねー」

 お手上げといったように、ルーファスは天井を仰ぐ。ギャリーが大笑いした。

「遠目に見ただけだったからなあ、オレも判んなかったし、他の連中もさっぱりって言ってた」

「その点、キュッリッキさんの召喚は、遠目から見ても凄かったですね」

 ほうけた様な表情を張り付かせたまま黙っているキュッリッキに、メルヴィンが優しく微笑んだ。

「そーそー、規模がぜーんぜん違うんだもんなー。スキル〈才能〉値が高いんだろうな、あの王宮にいたオンナどもより」

 ザカリーも笑顔を向けたが、キュッリッキはツンとそっぽを向いてしまった。

(あらぁ…まだ怒ってる)

 昼間のことで、まだキュッリッキのお怒りは解けていないようだった。

 こっそり溜息をついたところに、ヴァルトからナッツを一粒投げつけられ、ザカリーはガッカリしたようにテーブルに突っ伏してしまった。

「ボクも召喚士と会うのは初めてなんだけどさ、具体的に召喚ってどうやってるの?」

「ん?」
 シビルの隣に座っていたハーマンが、身を乗り出してシビルの頭の上に覆いかぶさる。

「重い……ハーマン…」

「ボクたち魔法使いは魔法を放出するのに呪文と媒体を使うでしょ。道具は杖でも本でもアクセサリーでもなんでもいいけど。でも召喚って魔法とはちょっと違うんだよね? キュッリッキは何も媒体らしきもの持ってなかったって聞いたから」

「ああ…」

 キュッリッキは少し苦笑を浮かべて頷いた。

 どこへ行っても、必ず最初に聞かれる質問だった。

「召喚は魔法と違って魔力や呪文がないの。サイ〈超能力〉とも違って精神力はいらないし」

「ふむふむ」

「〈視る〉の」

「〈視る〉?」

 ふわふわ揺れていた黄金色のしっぽが、ぴたりと止まる。

「うん。アルケラを覗き〈視る〉の」

 キュッリッキは自分の目を指す

 ハーマンを見つめているキュッリッキの瞳が、虹色の光彩を放ちだした。

「アタシたち召喚士は、アルケラを唯一覗いて〈視る〉ことができるの。そして、アルケラに住むものたちを、こちら側に招き寄せることができる」

 キュッリッキはハーマンのほうを向いていたが、その目は違うものを見ているようだった。

「アルケラは小さいけど物凄く広くて広くて…、喚びたい相手を探し出すのが結構タイヘンなんだけど、アタシは彼らと友達だから、探す時は協力してくれる。だからすぐ見つけられるの。見つけたら喚びたい場所に喚べばいいだけよ『こい』ってね」

 説明を終えて居住まいを正すと、ぽかんとした表情(かお)がテーブルを取り囲んでいた。

「わ……判らなかった?」

「うん」

 全員揃って大きく頷かれ、キュッリッキは椅子からずり落ちかけてしまった。




「まあ、全然判らなかったけど、でもああして見たこともないものを召喚するんだから、凄いってことだね!」

 ハーマンを頭に乗っけたまま、シビルがバッサリ切りつつもまとめた。

 言葉を探すようにメルヴィンは視線をあちこちに泳がせていたが、そうだねそうだねと、シビルの言に合わせて苦笑いした。

 盛大に眉をしかめ、キュッリッキは己の言葉を反芻する。

(間違ったことは言ってないよね……でもどこいっても理解できないって、ずえったい言われる!!)

 なんだか悔しいものがこみ上げてきて、テーブルの下でグッと拳を握り締めた。

「確かに全然判りませんでしたが、判らないと今後私も困りますから、あとでじっくりお話を伺います、キュッリッキさん」

 眼鏡のレンズが店内の明かりを弾いてキラリと光る。そのレンズの奥のアーモンド型の目が、すうっと細められてキュッリッキを見据えていた。

(うえ~~~こいつ苦手なんだけど…)

 露骨に困った顔をブルニタルに向けた。

(でも、仲間になったから、そうも言ってられないか)

 キュッリッキは無言で頷いた。

 大騒動から始まった歓迎会は、すでに日付をまたいでも続いていた。

 テーブルに突っ伏して寝ている者、黙々と飲み続ける者、談笑する者、みんなすでに思い思いに行動していた。

 主役のキュッリッキも、昼間の疲れと緊張と酔で、瞼が落ちかかっていた。その時。

「ちょっとみんな起きるんだ!!!」

 テーブルに突っ伏して大イビキをかいていたヴァルトが、いきなりガバッと身体を起こして叫んだ。

「俺様はナイスなことを思いついたんだ!」

「ペルラの落とし方でも思いついたんか……」

 大あくびをしながら、ザカリーが軽く突っ込む。

「それは24時間考えている!! じゃなく、コイツのあだ名を思いついたんだ!!」

 と言って立ち上がり、キュッリッキをビシッと指差す。

「アタシのあだ名!?」

 半分うとうとしていた眠気も吹っ飛び、驚いてヴァルトを見上げる。

「そうだ!!」

 ヴァルトは腕を組んで大きく頷く。

「オマエの名前はとにかく呼びにくい!! 舌を噛むほど呼びにくい!!! なので俺様がスバラシイあだ名を考えてやったから、ありがたく使うがよい!」

「……」

「オマエのあだ名は『キューリ』だ!!」

 フンッと鼻息を荒く吐き出し締めくくった。

 これには一同呆気に取られたが、ギャリーとルーファスが同時に吹き出した。

「確かに呼びにくいけどそりゃねーだろ」

「オレは賛成だな! キューリって今から呼ぼうぜみんなっ!」

 二人はテーブルを叩いて更に笑い転げた。

「ヴァルトのネーミングセンスはスズメ以下だと思ってましたが、今回は中々いいかもしれませんねえ~」

 カーティスが意地の悪い笑顔をキュッリッキに向ける。

「キューリはちょっと……」

 シビルは口の端をひくつかせて否定した。

「俺様は天才なのだ! 呼びやすくていいだろ!!」

「やだああああっ!! 却下却下絶対却下あああっ!!!」

 ちゃぶ台返しする勢いで、キュッリッキは立ち上がってヴァルトに抗議する。

「アタシには『リッキー』っていうあだ名がすでにあるのよ! キューリなんて野菜の名前絶対お断りよ!」

「キューリをバカにするなよ! マヨネーズをつけて齧ると美味いんだぜ!!」

「知らないわよそんなの!!」

 店内は静まり返り、他の客たちは二人の口論に圧倒され沈黙していた。

「俺様が決めたんだから、オマエはキューリだ!! 否定することは許さないぞー!」

「許さなくてもイイわよっ! アタシの名前はキュッリッキ!! あだ名で呼びたきゃリッキーと呼んでちょうだいっ!!」

 二人の不毛な口論は白熱して終わりが見えそうもない。からかい半分に煽ったギャリーとルーファスも、気まずそうな顔でグラスを舐めている。カーティスも苦笑いし、マーゴットから小言を受けていた。

 それまで無言で酒を飲むことに徹していたガエルは、のっそりと立ち上がると、巨体を揺らしてヴァルトの横に立った。

「なんだよガエル?」

 無言でいきなり傍らに来たガエルに、ヴァルトは一歩たじろぐ。

「ボディプレス」

 そう短く言ってヴァルトに体当りすると、そのまま床に倒れ込んでしまった。

「ぐああああっ! こらクソベアー!! ちょー重たいぞ~~~どけよこらああ!!」

 ガエルの下敷きになってしまったヴァルトは、巨体の下から必死に抗議したが、やがて地鳴りのような豪快ないびきが店内に轟いた。

「クソベアーが寝ちまったあああ」

 ヴァルトを下敷きにしたまま、ガエルは寝てしまっていた。

「やれやれ……もう勘定だなメルヴィン」

 ガエル同様、飲むことに徹していたタルコットは、最後の一口を飲み干すと、ジョッキをテーブルに置いてメルヴィンのほうに顔を向けた。

 明らかにその目は眠気をまとわせていて、瞼が半分閉じかかっていた。

 メルヴィンは軽く笑むと、頷いて立ち上がった。



第一章 ライオン傭兵団 仲間(二) 終わり



006 ライオン傭兵団 仲間(三)

004 ライオン傭兵団 仲間(二)

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006 第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 

 

書いたものを一気に載せてしまうと、物凄く読みにくい・・・て自分でも思うので、ちょっと整理しないと、しおりが挟めないし、なんのためのブログ仕様なのかと(・_・;)


もともと長いつもりで書いているんだから、掲載のしかたを工夫しないといけませんね。反省!


直せるうちに直そう・・・掲載数が少ないうちに(笑)


間が空いてしまいましたが、気持ちを入れ直して、ALCHERA-片翼の召喚士-の続きです。


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第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 006



 ずた袋より多少はマシ、といった袋をいくつも担いだ男女が、ゆっくりと石畳を歩いてた。

「荷物持ち手伝ってくれてありがとう」

「いえいえ。手もあいてたし、一人で運ぶのは大変だからね」

 柔らかなメルヴィンの笑顔に、キュッリッキもつられて笑顔を返す。

 空は薄い雲もない蒼天、初夏のようなやや温かい日差しを振りまく太陽は、すでに中天に差し掛かっていた。

「あのぉ~……オレもいるんだけど~」

 前を歩く二人からやや遅れて、ザカリーがぼそりと主張した。

「ふんっ!」

「……」

 キュッリッキは怒った表情を露骨にしてそっぽを向く。 

 昨日ヴァルトとキュッリッキの密会の場を覗き見していたことがバレてから、ずっとこの調子で無視されていた。

 なんとかお怒りを解こうと荷物運びの手伝いを買って出たものの、昨日今日じゃ無理のようだった。

「ねーキューリさん~」

「あたしはキュッリッキよ!!」

 吠える犬より凄い形相でザカリーを振り向く。

 昨夜の歓迎会の一席で、ヴァルトがキュッリッキにつけたあだ名が『キューリ』。本名は呼びにくい! との理由で賜ったあだ名である。

 当然キュッリッキは承服していない。

 これにはメルヴィンも笑うしかなかった。

「それにしてもキュッリッキさん、傭兵団を移る度にこの荷物?」

「うん。アタシ家がないから引越し並の量になっちゃうのよね」

 自分たちの身体よりも大きな袋を、各自二つは背負っている。

「実家にあずければいんじゃねーの?」

 キュッリッキの横に並びながら、ザカリーが煩わしそうに肩に背負った大きなバッグを背負いなおす。

「その実家がないんだから、しょーがないじゃない」

 当たり前のように言われて、ザカリーとメルヴィンは顔を見合わせる。

 そんな二人の様子を視線だけで確認すると、キュッリッキは歩調を早めた。

「詮索しないのが傭兵団のモットーでしょ!」

 重い荷物もなんのその、といった風に憤然としながら坂道を歩いた。

(まったくもー…ハドリーが居たらつまんないこと思い出さずにすんだのに)

 小銭稼ぎで出かけている友人を思い出す。

(実家なんてないわよ、そんなもの)

 二人に背を向けながら、キュッリッキは唇を噛んだ。


 

「なんだお前ら、歩きで行ってきたのかよ」

 アジトのロビーでギャリーが三人を出迎えた。

「身体が鈍るといけないので、鍛錬がてらです」

 荷物を持ったまま、メルヴィンが肩をすくめる。

「ハーツイーズとここじゃ、片道二時間はあるだろ。ご苦労なこった」

 階段の手すりにもたれかかって、ギャリーはあくびをした。

 皇都イララクスはとにかく広い。三惑星の首都の中で一番の規模を誇る、と言われていた。

 宮殿のある街は堅牢な城砦に囲まれているが、その城砦の周りに街ができて、それが扇を描くようにして広がって出来た集合体、その全体を”皇都”と呼んでいる。

 本来イララクスと呼ばれていたのは宮殿のある街だけだったが、城砦に密接した街がいくつもある。ぱっと見たかんじ境が判りにくいことから、300年ほど前から全体を”皇都イララクス”と称するようになっていた。

 キュッリッキが住んでいたハーツイーズは海辺の港町で、漁船や商船の入りも盛んなので、店も多く並び賑やかだった。

 アジトのあるエルダー街は城砦のすぐそばにあり、色々な傭兵団のアジトや組合などが集まっている。一種独特の雰囲気が街に漂っていた。

「あー疲れたー、キューリ荷物置いてこようぜ」

「だからあたしはキュッリッキだってば!」

「あんだよ、キューリでいいじゃん」

「絶対ヤダ!!」

 ギャリーにまで肯定されて、キュッリッキは顔を真っ赤にして否定した。




 キュッリッキに与えられたアジトの部屋は、建物の南にある二階の個室だった。

 元々は宿屋だった建物を、傭兵団のスポンサーが買い取りアジトとして使っている。なので部屋数だけは沢山あった。

 シングルルーム程度の広さだが、簡素なベッドと洋服箪笥、粗末だが物書き机と椅子もある。

「ここって気前がいいのね。傭兵団で個室とか初めてよ」

 二人に荷物の置き場を指定して、キュッリッキはベッドに背負ってた荷物を下ろす。急に肩が軽くなって自然と一息がもれた。

「スポンサーがいいので、待遇も結構良いんですよ」

「ベルトルドってひとよね。あんまり長くは話してないけど、若かった」

 キュッリッキをスカウトし、ライオン傭兵団に招き入れた人物。

 ハーツイーズの料理屋で突然スカウトを受けた。言い方はやんわりとしていたが、ノーと言わせない妙な迫力を持っていて、あまり考えずイエスと答えてしまった。

 入団が即決まり、取るものも取り敢えずといった勢いで今に至る。

 新しい職場を探していたのでちょうど良かったし、深く考えずきてしまったが、結果オーライだと思うことにしていた。

「あ…そーだ、あとでもっかいハーツイーズ行ってこなくちゃ」

「忘れ物ですか?」

「んー…、友達にまだ話せてないのよね。仕事で出ちゃってて、タイミング悪かったわ」

「なるほど。今のところ仕事は入ってきてないようですから、明日にしたらどうでしょう。」

「うん、そうだね」

 帰りがいつになるか聞いていなかったし、また片道二時間を往復する元気は、さすがにもうなかった。




第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 続く


007 ライオン傭兵団 仲間(三)

005 ライオン傭兵団 仲間(二)

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007 第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 

 

第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 007



 初夏を間近に控えたイララクスに降り注ぐ陽光は明るく暖かい。海が近いこともあり、時折吹く風の中に、潮の香りが混じっていた。

 皇都と称するだけあって、イララクスの街々の路上は丁寧に石畳で舗装されていて歩きやすい。あまり段差もなく、場所によっては凝った意匠が施されている。

 下水道の整備もしっかりしているので、路上が雨水を溜め込むこともないし、雨量が多くても小川が発生することも殆どなかった。

 イララクスに来てもう2年近くになる。傭兵になってあちこちの土地や惑星を転々とすることが多いキュッリッキだったが、この街は気に入っていた。

 今向かっているハーツイーズの街は、とくにお気に入りだ。

 エルダー街のはずれにある停留所から、乗合馬車に乗って、揺られること1時間ほどでハーツイーズに到着した。

 小道を選んで通ればもっと早く着くが、馬車は専用の大通りしか通れないことになっているし、寄り道も多いのでどうしても時間がかかる。でも、キュッリッキはのんびりと街を眺めながら走るこの乗合馬車が好きだった。

 城砦の中の街では、移動手段は機械を使うという。キュッリッキは城砦の中には入ったことがないので、機械で動く乗り物を見たことがない。

 皇王が住む宮殿を中心に、貴族や裕福な家柄の屋敷が取り囲む。そして軍や政治的な施設も含まれる。そのため城砦の中に入るためには、厳しい審査とチェックが必要で、外の人間は自由に出入りが難しかった。

 御者に運賃を払って馬車を降りる。

 停留所の近くには傭兵たちのギルドがあり、職にあぶれたフリーの傭兵たちが、ロビーにたむろっている様子が見えた。

 つい先日まであそこで自分も同じようにしていたのを思い出し、自然と苦笑いが口元を過ぎっていった。

 海に向かって歩いていくと、燦々と煌く波と、大小様々な船がくっきりと見えてきた。それと同時に賑やかさも増していく。

 船からは沢山の人や荷が下ろされ、同時に荷が積み込まれていく。

 人々の群れの中に、木箱や麻袋がいくつもの小山を作り、手押し車や運び屋たちが忙しく小走りで駆け抜けていった。

 綺麗に整備された港を横切り、船も人気(ひとけ)も薄れてきたところに、いくつかの廃船が打ち捨てられていた。

 石畳で舗装されておらず、砂とゴロゴロとした小石が転がるだけの殺風景なところに、錆て朽ちた大小の廃船が沢山あった。

 うつ伏せに捨てられた小さな漁船の一つに、海のほうを向いて座り、長剣を磨いている男がいた。

「ハドリー」

「お」

 キュッリッキに名を呼ばれた男は、座りながらキュッリッキのほうへ振り向いた。

「どこいってたんだリッキー? 夜逃げしたのかと思ったぞ」

「なんでアタシが夜逃げしなきゃいけないのよ。昨日急遽引越したの」

 腰に両手をあてて抗議の姿勢を見せ、漁船の上に飛び乗り、ハドリーの隣に座る。

「仕事であんたいなかったから言うの遅くなったんだけど、新しい食いブチが見つかって、アパート引き払ったのよ」

「ほほー。やっと見つかったのかあ」

 ハドリーは嬉しそうに顔をほころばせる。

「なんかさあ、いきなりスカウトされちゃって。トントン拍子で決まっちゃったのよ」

 キュッリッキは両膝を抱えるようにして座り、肩肘をついた。

「ほー。どこの傭兵団にスカウトされたんだ?」

「ライオン傭兵団」

「うほ! すげーじゃないか」

 持ってた剣を落としそうになるくらい、ハドリーは大仰に驚いていた。

「世界中の名だたる傭兵団の上位に君臨するところだぜライオン傭兵団。あそこに憧れて入りたがる奴は星の数ほどいるけど、実際入れる者は皆無だってゆーし」

「なんで皆無なの?」

「昔馴染みとか親友繋がりとかで、よそ者を嫌うって噂なんだよ。それに実力もトップレベルの者じゃないと見向きもしないってゆーしな。相当気位が高いリーダーだって聞いてるぞ」

 キュッリッキは上目で空を見つめると、やがて得心がいったように深く頷いた。

「確かにプライド、すっごい高そーだった!」

 すっごい、に力を込めて、ウンウンと首を縦にふる。

 その様子を横目でみやって苦笑すると、ハドリーは剣を鞘にしまい込んだ。

「うまくやっていけそーか?」

 鞘を膝の上にのせて、顔をキュッリッキに向ける。

 ハドリーの髭面をちらりと見やり、キュッリッキは膝をかかえて座り直した。

「多分……やっていけるかもしれないし、またこじれちゃうかもしれない…」

「そっか」

「……アイオン族の奴がね、居たの。アタシのこと知っててさ…」

 ハドリーは僅かに目を見開く。

「そいつと、もう一人ヴィプネン族の奴にバレちゃった。言いふらしはしないだろうけど、ちょっと気が重い」

「そっか…」

 ハドリーはキュッリッキの秘密を知っている。ひた隠しにしたい翼のことも。

 革手袋をしたまま、ハドリーはポンッとキュッリッキの頭を軽く叩いた。

「傭兵稼業をしてる奴は、多かれ少なかれ秘密持ちが普通の世界さ」

「うん」

「アイオン族は気位の高い種族だから、鬱陶しいこと言われたら、つーんってしてればいい」

 そう言ってニヤリと笑う。

 笑顔に包まれた髭面を軽く睨み、キュッリッキは苦笑する。

「今度のところでは、ちょっと性格イイ奴っぽく振舞う予定なんだから、それじゃぶち壊しだよもー」

「そっか」

 キュッリッキがそんなことを言うのは珍しかった。これまで大抵どこでも馴染めず、初日から愚痴のオンパレードだったのだ。なので長続きせず、すぐ辞めてしまう。

 アイオン族は気位が高いのが標準なのかハドリーは知らないが、キュッリッキの協調性のなさは、種族特有のものとは全然違うと思っている。

 知り合ってまだ3年だが、彼女の不器用な性格はほぼ掴んでいた。

「化け猫の毛皮を100枚くらいは着込んで、しっかりやってこい」

「うん、今度は頑張れそう」

 キュッリッキはライオン傭兵団でもまだ見せたことのない、無邪気な明るい笑みを、ハドリーに向けて白い歯をのぞかせた。



第一章 ライオン傭兵団 仲間(三) 終わり


008 ライオン傭兵団 仲間(四)

006 ライオン傭兵団 仲間(三)

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category: 第一章 ライオン傭兵団

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