ALCHERA-片翼の召喚士- 130 最終章:永遠の翼 遺してくれたもの
ALCHERA-片翼の召喚士-
最終章:永遠の翼 遺してくれたもの 130
ほんの数十分ほど前に、宇宙というところにいたライオン傭兵団は、ケレヴィル本部内にあるエグザイル・システムに無事たどり着いた。
エグザイル・システムはほんの一瞬で、人間も物も転送してくれる便利な装置だ。
1万年前の世界で作られた超巨大艦フリングホルニ内のエグザイル・システムの一つは、ケレヴィル本部の地下にあるエグザイル・システムと繋げられている。
どれだけの時間待っていてくれたのか、柔らかな笑みを浮かべるパウリ少佐に出迎えられ、ライオン傭兵団は広い応接室に通された。
一緒に戻ってきたシ・アティウスは、パウリ少佐と一緒に部屋を出て、どこかへ行ってしまった。
暫くしてリュリュも顔を見せたが、すぐに部屋を出て行った。
ソファセットや椅子、床の上に、皆思い思い座り込み、そして黙り込んでしまった。
とてつもない疲労感もあるが、それを上回るほどの喪失感。それがずっしりと彼らの上にのしかかっていて、いつものような軽快な冗談が飛び交うこともなく、各自うな垂れていた。
ザカリーは両手をズボンのポケットに突っ込んで窓際まで歩いていくと、よく磨かれた窓ガラスに額を押し付けた。
窓の外は日が陰り始めており、薄い水色とオレンジ色が重なり合い、ところどころ紫がかった夕暮れの色合いをしている。どこか寂しげで、切なさを齎す、そんな空だった。
それをぼんやりと見つめ、そして疲れたようにため息を小さくもらす。
「あっ、ベルトルドさん起こしてあげないと、もうすぐ夕食の時間だよ」
そこへ突然、ハッとした様子でキュッリッキが声を上げた。
「ねえメルヴィン、ベルトルドさんどこにいるの? 起こしてあげるの」
「リッキー……」
ソファに並んで座っていたメルヴィンは、キュッリッキを痛ましく見つめ、そしてもうベルトルドが起きることはないと、はっきり言わなければと口を開いた。その時、
「凄く疲れていたから、自然と起きるまで寝かせておいてあげよう。お腹がすいたら、きっと目を覚ますから」
キュッリッキの横に座ったタルコットが優しく言った。キュッリッキはちょっと首をかしげたが、こくりと頷く。
「そうなんだあ……じゃあ、起こさないほうがいいね」
「うん。それに、夕食が出来るまでまだ時間があるから、キューリもちょっと寝るといい。疲れてるだろ?」
「んー……ちょっとだけ眠いかも」
「ならメルヴィンに膝枕してもらって、夕食まで寝てて」
「そうする」
キュッリッキは嬉しそうに微笑んで、メルヴィンの膝に頭を乗せ横たわると、ほんの数秒で寝入ってしまった。
珍しくすぐ眠ってしまったキュッリッキを見つめ、メルヴィンはタルコットに困惑げな顔を向ける。
「タルコットさん……」
「まだ頑なに判らせなくていい。――キューリなりに、心にバリアを張ったんだと思う。色々辛すぎて、受け入れたくないんだ、今はね。急かさなくても、この先嫌でも現実と向き合わなくちゃならない」
「ええ…」
「だから、今は話を合わせてあげればいい」
「はい、そうですね…」
タルコットは妖艶な顔に優しい笑みを浮かべると、メルヴィンの肩を軽く叩いた。
「キューリの支えになれるのは、メルヴィンだけなんだから。頑張って」
「……ありがとうございます」
どこかホッとしたように、メルヴィンはタルコットに笑んだ。
3人のやり取りを息を詰めて見ていた仲間たちは、安堵の表情を浮かべた。
ライオン傭兵団は夜になるまで大放置されていたが、ようやくそこへ再びリュリュが姿を見せた。
「ゴメンナサイネ、ちょっと化粧崩れがひどくって、パウリに化粧ポーチ取ってきてもらってたりしたから、時間かかっちゃったのん」
いつも通りの見事で完璧な化粧で、顔はガードされている。
ベルトルドとアルカネットと、別れをしていたのだろう。リュリュの冗談めかした言い方を察し、皆肩をすくめるにとどめた。
「あら、小娘寝ちゃってるようね」
「だいぶ、疲れていますから…」
メルヴィンがそう言うと、リュリュは頷いた。
「そうね。一番疲れているでしょうねん」
「リュリュさん、オレすげー腹減ってんっすけど」
「あら、あーた感傷に浸ってお腹いっぱいじゃないの」
「気落ちしてる時は、たくさん食べる主義なんですよ」
「前向きな思考ねん」
本気で空腹を訴える表情のザカリーを見ながら、リュリュは呆れたように笑った。
「疲れてるあーたたちを、ここで休ませてあげたい気持ちは山々なんだけど、ケレヴィル本部には、大勢を寝かせる部屋がナイのよ。これでも一応、研究所だから」
「出て行くのはやぶさかじゃないんですが、その……アジトが木っ端微塵に吹っ飛ばされてますし…」
沈んだ声音で言うカーティスに、リュリュは苦笑する。
「あーたたちのアジトだけじゃないわ。ハーメンリンナの外は酷い有様よ。ナントカ火事はおさまったんだけど、広大な焼け野原と化しているわ」
ベルトルドの放った雷霆(ケラウノス)によって齎された大火災は、皇都イララクスの大半を焦土と化してしまっていた。死傷者も多く出て、平和なのはハーメンリンナの中だけ状態だという。
「それに、フリングホルニ発進の影響が世界各地に出ていて、皇国も救援だのなんだので、今ゴタゴタしてるわ、とっても。――ベルの置き土産のせいで、ホント、イヤんなっちゃう」
ギリッと歯ぎしりして、口の端を歪めたリュリュを、皆恐々と見つめる。
「ま、そんなことあーたたちには関係ないケドね。とりあえずアタシについてらっしゃい、連れて行きたいところがあるから」
地下に降りていくと、上等な馬車が数台ズラッと並んで停まっていた。
「ベルたちを止めてくれたあーたたちを、もう荷馬車に押し込めたりしなくてよ。乗んなさい」
リュリュ、パウリ少佐、メルヴィン、キュッリッキが先頭の馬車に乗り、みんなそれぞれの馬車に乗り込んだ。
全員が馬車に乗り込んだことを確認し、先頭の馬車から走り始めた。
メルヴィンと向かい合って座ったリュリュは、メルヴィンに抱かれて眠っているキュッリッキを見つめた。
亡き姉と同じ顔をしているキュッリッキが、召喚スキル〈才能〉を持つアルケラの巫女であり、ベルトルドとアルカネットの復讐の道具になりかけたことは、リュリュにとって、筆舌に尽くしがたい想いだった。
姉の生まれ変わりだったら、どうしていただろうと。しかし人は死して、転生することがないという。以前キュッリッキから聞いたことだ。
死後魂はニヴルヘイムという死の国に迎えられ、氷の中に閉ざされ、永遠の安息を得るのだという。
氷の中で癒された魂は、やがて静かに消え去り、転生することはない。それで完全に死んだことになるのだ。
魂が完全に消滅する時間は決まっていない。それなら、もしかしたらニヴルヘイムにて、リューディアと二人は再会出来るかもしれない。
リューディアのことだから、きっと二人を待っていてくれているはずだ。
根拠のない想像を、何故かリュリュは確信していた。
暑い暑い南の島の生まれなのに、魂の安息が氷の世界というのは、果たして癒されるのだろうかと、ちょっと思ってリュリュは苦笑を浮かべる。
リュリュの苦笑いに気づいてメルヴィンが顔を上げたとき、腕の中でキュッリッキが身じろぎして、目を覚ました。
「……ん…」
「いいタイミングで目を覚ましたわね、小娘」
「? あれ?」
キュッリッキは暫し周囲を見回し、暗い車中に目を丸くする。
「今灯りをつけますね」
くすっと笑って、パウリ少佐が車内の小さなランプに火を灯してくれた。
「馬車に乗ってるんだね、何処へ行くの?」
「もう着いたわよ」
リュリュがニヤッと笑うと、馬車は静かに停止した。そして御者を務めていた軍人が、急いで扉を開いてくれる。
「降りなさい」
率先して降りていくリュリュに促され、メルヴィンはキュッリッキを抱いたまま降りると、そっと降ろしてやった。
「あっ」
メルヴィンが小さく声を上げると、馬車から続々降りたライオン傭兵団も、どよっとする。
「どうしたの? メルヴィン」
振り向いてメルヴィンと同じ方向を見て、キュッリッキも目を見張った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ご無事で良かったですわ」
目の前にセヴェリとリトヴァが並んで立って、頭を下げている。そしてその奥には、見慣れた大きな屋敷が立っていた。
「ベルトルドさんのお家?」
「そうよん」
リュリュは片手を腰に当てると、屋敷を見上げる。
「ここはハーメンリンナじゃなく、イララクスの郊外にある海辺の高級別荘地なの。小娘が以前住んでいたハーツイーズに、ちょっと近いところにあるわ」
「キティラね」
キュッリッキが思い出したように言うと、リュリュは頷いた。
「そう。イララクスの中心部からはちょっと離れてるけど、豪華な屋敷しか並んでない土地だから、電力の供給もあるし、静かでいいところよ」
「皆様、立ち話もなんですし、中へお入りください。お食事の用意もできておりますし」
「そうね、そうさせていただきましょう」
一同は食堂へ通されると、酒や食事を振舞われ、みんなひとまず息をついた。
疲れたり何かあると食欲が減退するキュッリッキには、食べやすいよう好きなムース菓子が用意され、キュッリッキも少しムースを口に入れた。
「前にハーメンリンナの屋敷に押しかけに行ったとき、屋敷が丸ごとなくなってて驚いたんですが、もしかして…」
「そっ。ベルが屋敷や庭を丸ごとここに移築したの」
本来解体して運び出すものだが、空間転移が操れたベルトルドならではの荒業である。
「でも一体、なんのために?」
「小娘とあーたのためよ、メルヴィン」
「オレ?」
「そうよ。小娘の未来の旦那様のため」
「えっ…」
思わず顔を赤らめるメルヴィンに、リュリュはくすくすと笑う。
「口ではなんだかんだ言ってても、ちゃーんと認めちゃってくれてたのよ、あーたのこと。この屋敷はベルのものだけど、小娘所有の家でもあるの。正式に結婚してはいないけど、小娘とあーたの共同名義に書き換えられているわ」
「逆玉…」
隣でタルコットがぽつりと言う。
「ハーメンリンナの中に残しておいても良かったけど、ベルがね『どーせライオンの連中はお堅い所は嫌だなんだ言って近寄らないだろ。そしたらリッキーがつまんながるからな』て言ってね、ハーメンリンナの外に出しちゃったってわけ」
図星だ、という雰囲気が食堂に漂った。
「暫くはイララクスの復興、アジトの再建であーたたちも仮の家が必要でしょ。落ち着くまでは、ここに居候させてもらいなさい」
「そうです、再建しないと」
ハッとしてカーティスが呟く。
「開店休業状態になるだろうけど、後ろ盾についてたベルから、色々なものを預かってるの。あとで説明したり渡したりがあるから、顔貸しなさいカーティス」
「はい」
「メルヴィンはあとで、セヴェリから説明してもらいなさい」
「判りました」
「とにかく今夜は、酒でも飲んで身体をゆっくり休ませないさい。もうちょっとしたらヴィヒトリも診察に来てくれるから」
皆が食事を終えた頃、ヴィヒトリが大急ぎで駆けつけてくれた。急患が立て込んで、中々病院を抜け出せなかったらしい。
ハーメンリンナの大病院の医師たちも、イララクスに緊急出動で、てんてこ舞い状態だという。
ヴィヒトリは連れてきた女医と一緒に真っ先にキュッリッキの診察をしてから、順番にライオン傭兵団の診察に取り掛かった。
「ドーピング飲んだやつには、中和剤ちゃんと飲ませてくれたんだね。ありがとランドン」
「動けないままだとヤバかったしね」
ヴィヒトリ特製ドーピング薬は、身体に相当キツイ負荷を与えるものでもあった。効果が切れたあとすぐ中和剤を含ませないと、命の危険があったのだ。
「キューリは大丈夫なのか? その…」
言いづらそうに言葉を濁すザカリーに、ヴィヒトリは小さく笑った。事情はリュリュからすでに聞かされていた。
「女医を一人連れてきてるから、彼女に任せてあるよ」
「そ、そっか」
「デリケートな問題だからね」
「だな…」
「そいえば、メルヴィンは?」
「ああ、セヴェリさんと書斎にいるよ」
「ふーん?」
「一国一城の主になっちまったからな」
ギャリーがにやりと言う。
「じゃあちょっと書斎行ってくる。あんまりゆっくりしてられないんだボク。患者が24時間押しかけ状態だからさ」
軽症から重症まで、医者の救いを求めている人々が、被災地にはたくさんいるのだ。
「にいちゃんは、全然疲れてなさそうだね」
「あったぼーよ! 俺様の鍛え方は、ナンジャクなそいつらとはチガウんだぜ」
「……だってさ」
ヴィヒトリがくるっと首を後ろに向けると、タルコットとギャリーとガエルが、噛み付きそうな顔をヴァルトに向けていた。
書斎へ向かって歩いていると、ちょうどメルヴィンが反対側から歩いてきた。
「よー、メルヴィン」
「ヴィヒトリ先生」
書類を見ながら歩いていたようで、顔を上げてメルヴィンは苦笑した。
「診察にきたよ。そこの椅子に座ってよ」
「はい」
廊下の端々には、椅子が1脚ずつ置かれている。何のためなのか二人は知らなかったが、以前怪我が治ったばかりのキュッリッキが、屋敷の中を歩いていて、あまりの広さに疲れてしまった。途中で座りたくなるかも、そうベルトルドにぼやいたら、翌日からこうして椅子が置かれたという経緯がある。
メルヴィンの身体を触診しながら、時々問診する。
「そういえば、一国一城の主になったんだって?」
「……はい、そうなんです……」
「あんまり嬉しそうじゃないんだね」
「いえ、そんなことはないんですが、その…」
首をかしげたヴィヒトリに、メルヴィンはため息をつく。
「あまりにも大きすぎて、しかもリッキーの相続した財産やらなにやら、もう天文学的数値で、頭が追いついてきません」
メルヴィンが手にしている書類を覗き込むと、ヴィヒトリもその桁に絶句した。
本来キュッリッキに支払われるべきだった年金やら、ベルトルドとアルカネットから贈与された財産やら、10代先の子孫まで豪遊して暮らしても使い切れない額である。
「それにこの屋敷も、使用人が56名もいるそうです。管理はセヴェリさんとリトヴァさんがしますが、それでもなんて数でしょうね」
「まあ、ハーメンリンナの貴族たちに比べたら、半分位少ないけど」
「え~~」
メルヴィンはガックリと肩を落とした。これで少ないのかと。
「住んでればそのうち慣れる慣れる。キュッリッキちゃんも、すっかりここの暮らしに慣れちゃってるし。使用人たちがあんまり堅苦しくないしね」
本来キュッリッキは、傭兵などしていい身分ではなかったのだ。それが、異例の異例づくしで今に至る。
「そうですね。これはリッキーのためのものであって、オレはオマケですから」
「身も蓋もない言い方をするとそうなるけど、キミ以外の誰も、キュッリッキちゃんのオマケにはなれないんだよ」
「はい」
メルヴィンは照れくさそうに笑った。
「ちょっと背中の打ち身が気になるから、あとで薬を出しておくよ。骨には異常はナイのと、痛み出す前に薬を飲んでおいて」
「判りました」
「じゃあボクは街に戻るよ。患者が大勢待ってるから。何かあったらすぐ呼んで、駆けつけるから」
「はい、ありがとうございました」
帰っていくヴィヒトリを見送って、メルヴィンは南棟へ向かう。
そこにはキュッリッキの部屋があり、以前使っていたメルヴィンの部屋もあった。しかし今度は、東棟にある屋敷の主のための部屋が、メルヴィンの新しい部屋として指定されていた。かつてベルトルドの部屋でもあった。
寝るときはキュッリッキの部屋になるだろうし、あまり使わなさそうだ。そう思うと、今日何度目かの溜息を吐きだした。寝られれば正直どこでもいいとメルヴィンは思っている。
そうは思っても、今日からこの屋敷の男主人である。女主人はキュッリッキで、まだ正式に結婚も手続きもしていないが、二人の家になったのだ。
クラクラする頭を抱えながら、メルヴィンはキュッリッキの部屋のドアをノックした。
「どうぞー」
中からキュッリッキの声が答えて、メルヴィンはドアを開いた。
「メルヴィン」
ベッドに腰掛けていたキュッリッキは、嬉しそうにメルヴィンに駆け寄って飛びついた。
「セヴェリさんとお話終わったの?」
「ええ。一応終わりました」
疲れたように薄く笑うメルヴィンを、キュッリッキは不思議そうに見上げた。
「疲れてる」
「そうですね……世界が一瞬で変わってしまって、頭がまだついていっていないんです」
「そうなんだ」
あんまりよく判っていない様子で、キュッリッキはメルヴィンから離れた。
「もう寝る?」
「そうしましょうか。自分の部屋で風呂に入ってきます」
「じゃあアタシもお風呂入ってくる。今日はアタシの部屋で一緒に寝よう、メルヴィン」
「はい」
メルヴィンがにっこり笑うと、キュッリッキも嬉しそうに微笑んで、部屋に備え付けのバスルームへと駆けていった。
最終章:永遠の翼 遺してくれたもの つづく


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