ALCHERA-片翼の召喚士- 078 第六章:勇気と決断 父親たちの猛反発

幸せいっぱい、でもパパたちは不幸いっぱいな展開です(´_ゝ`)

しょうもないパパたちです。





ALCHERA-片翼の召喚士-
第六章 勇気と決断 父親たちの猛反発 078



 唇から全身に波のように広がっていく、甘くとろけるような感覚に、キュッリッキは頭の芯が痺れて恍惚となった。身体の力が抜けて、メルヴィンの両手に支えられながら、ようやく座っていられるほどだ。

 メルヴィンの手が身体に触れるものとはまた違う。柔らかで甘美な刺激が、心の奥底をくすぐるようだった。

 以前薬を口移しで飲ませてきたアルカネットや、ベルトルドが喜ぶだろうとお礼の気持ちで唇を押し付けた時には、けっしてこんな感覚はわかなかった。

(キスって、相手が違うだけで、こんなにも違うもの……なのかな………)

 やがてメルヴィンがそっと唇をはなすと、キュッリッキは急に唇に孤独を感じて、さみしい気分に襲われた。

(もっと、して欲しいのに…)

 恍惚の光が揺蕩う瞳が、甘えるようにメルヴィンに向けられる。せがむように、求めるように。それを感じ取り、メルヴィンは再び唇を重ねた。今度はより深く、柔らかな唇を味わうように貪った。

 細い肩をさらに抱き寄せ、忍ばせるようにそっと舌を差し入れる。

 うっすらと目を開くと、キュッリッキは目を閉じていた。白い頬をほんのりと紅潮させ、全てをメルヴィンに委ねるような、無防備な表情。そして、メルヴィンの舌に応えるように、恐る恐るといったようにキュッリッキの舌が絡んできた。その瞬間、愛おしいと思う気持ちが強く高鳴り、細い背に手を回して抱きしめた。胸の奥が熱くなり、激しくキュッリッキを求める気持ちが全身を襲った。しかし自制心が、徐々にはやる気持ちを鎮めていく。

(焦ってはだめだ……)

 まだキスを交わしたばかりなのだ。

 名残惜しむように二人は唇を離すと、暫く見つめ合い、そしてキュッリッキはメルヴィンの胸に顔をうずめた。

 心がキュンっと高鳴るような、生まれて初めてのキス。まだ唇に残るメルヴィンの唇の感触。

 恥ずかしいと思う気持ちを上回るほどの、甘美で優しい時間。細胞のひとつひとつにまで刻まれたメルヴィンの想い。

 そして、愛していると言ってもらえた。

 かつてベルトルドやアルカネットに言われた時とはまた違う。ベルトルドやアルカネットの愛はキュッリッキにとって、親の愛情のようなものだった。二人は恋愛感情だと言い張るが、キュッリッキにはそういう感覚は湧いてこない。たとえ血のつながりはなくても、父親のような存在だから。

 しかしメルヴィンは違う。キュッリッキが初めて異性を意識した相手なのだ。

(メルヴィン大好き。とってもとっても大好き、一番大好き!)

 メルヴィンの体温を快く感じながら、キュッリッキはいつまでもこの時間が続けばいいのに。そう、心の底から願っていた。



 ドアの前まで来ると、目の前の少女は急にしょんぼりとした表情になった。それを見て、メルヴィンは苦笑する。

「このままオレと一緒に、エルダー街へ帰りますか?」

 穏やかに語りかけると、ちょっと悩む風な素振りを見せたが、小さく首を横に振った。

「んーん、ちゃんとベルトルドさんたちに話してから帰る」

「そうですね」

「だから、明日、迎えに来てねメルヴィン」

「はい。今日と同じくらいに、迎えに来ますね」

「うん、きっとね!」

「きっと」

 キュッリッキは躊躇いかちに、小さな小指を差し出した。どこか緊張気味に、そして顔を赤くしている。その様子に、メルヴィンは笑いをこらえて小指で握り返した。

「これで約束です」

 パッと顔を明るくしたキュッリッキに、メルヴィンは微笑んだ。

 こういうところは、まだ子供っぽさが残っている。でも、それが逆に好ましく思えた。そして、どうしようもなく愛おしさが増していく。慌てて背伸びせず、ありのままでいてくれるから。

 小指を結んで約束ができて、嬉しそうにしているキュッリッキを、メルヴィンは抱き寄せてキスをした。かけがえのない、大切な女性(ひと)。こうして腕に抱き、想いを噛み締めるように唇を重ねた。

 これから共に歩んでいく――――。

 心に大きな傷を抱えているキュッリッキ、そう簡単に癒せるものではないだろう。今日全てを打ち明けられ、かつて怪我で臥せっていた彼女が、時折夜中に泣き声や悲鳴をあげていた理由も理解できた。この先またそういうこともあるだろう。その時は必ずそばにいて支え、慰めよう。

 ベルトルドでもなく、アルカネットでもない。必ず自分が、キュッリッキを守る。

 この時初めて、ベルトルドとアルカネットに対抗意識が芽生えた。これまでは漠然とした嫉妬心しかなかったが、今ははっきりと対抗意識を持ったことが自覚できる。

 唇を離すと、腰が砕けたように座り込みそうになるキュッリッキを慌てて抱きとめた。

「だ、大丈夫ですか」

「う……うん、平気……かな」

 とろんと蕩けそうな表情で、メルヴィンにしがみつくように立った。さすがにまだ気持ちに身体がついてきていないようだ。

 それでもどうにか一人で立てるようになると、安心してメルヴィンはアジトへと戻っていった。

 夕暮れの中、メルヴィンの姿が見えなくなるまで見送って、キュッリッキは屋敷の中へ入った。

「お嬢様! お帰りなさいませ、どちらへいらしていたんですか心配しましたよ」

 メイドのひとりで、キュッリッキの世話も任されているアリサが、血相を変えて駆け寄ってきた。

「ただいまアリサ。ちょっとイフーメの森まで行ってたの」

 心の中で、メルヴィンと一緒に、と付け加える。

「そういえば、セヴェリさんは?」

 出迎えには必ずセヴェリが応対する。そのセヴェリがまだ姿を見せず、アリサが出てきてキュッリッキは首をかしげた。セヴェリが出られないときはリトヴァが代わりをするはずなのにと。

「それより、旦那様がたが応接室でお待ちになっておりますよ」

「ベルトルドさんたちもう帰ってきたんだ」

「はい。とにかく、このままおいでくださいまし」

「うん」

 アリサに急かされるようにして、応接室へ向かう。

 初めてベルトルド邸へ来たときに、通された応接室だった。

 まずアリサがノックをして、キュッリッキが帰ったことを告げてドアを開けた。

「さ、お嬢様」

 押し込められるように応接室へ入ると、青い天鵞絨張りのソファの上座にベルトルドが、その斜め右側にアルカネットが座っている。そして二人共にこりともせず、難しい表情を浮かべていた。

「ただいま」

 頓着しない様子のキュッリッキに対し、ベルトルドはしかめっ面でアルカネットの対面側のソファを指差す。

「座りなさい」

 有無を言わせない迫力のこもった、しかし抑えた声で言われて、キュッリッキはちょっと首をかしげたが素直に座った。

「セヴェリさん、リトヴァさん」

 ようやくドアの近くに控えるように立つ二人に気づく。

「こんな時間まで、一体どこへ行っていたのかな」

 ベルトルドは腕を組み、険しい表情をキュッリッキに向ける。

「イフーメの森まで」

「一人で行ったのかな?」

 途端、キュッリッキは顔を真っ赤にして俯いた。そして、両手で頬を抑えると、小さな声で、

「メルヴィンと……」

 そう言って、恥ずかしそうに目を閉じた。

 ベルトルドとアルカネットは眉をひくつかせ、アルカネットは感情を抑え込むようにして、膝頭をこれでもかと握り締める。

「あ、それでね、アタシ明日、エルダー街のアジトに帰るね」

 嬉しそうに言うキュッリッキの様子に、堪りかねたようにベルトルドがぷっつんとキレた。

「ダメだ! 今後ハーメンリンナの外に出ることは許さん!!」

 応接テーブルに拳を叩きつけ、怒鳴るように言った。ベルトルドの態度が、あまりにも普段の様子とかけ離れすぎていて、キュッリッキは面食らって目を白黒させてしまった。

「リッキーはもう、傭兵はしなくていい。ずっとこの屋敷で暮らす、いいな」

「な、なんで!?」

 吃驚したキュッリッキは、ベルトルドのほうへ身を乗り出した。

「すでに皇王と社交界にお披露目を済ませた召喚士だ。定住地として正式にここハーメンリンナの、この俺の屋敷がリッキーの住まいとして登録してある。召喚スキル〈才能〉を持つ者は、大切に国で保護し、一生危険とは無縁の暮らしを約束している。もう傭兵なんてする必要はない。これからは、ここで安全に暮らしなさい」

「このお屋敷にいれば安全です。そして外出をするときは、必ず供の者と一緒に出るようにするのですよ。まさか、我々の留守中にメルヴィンがきて、あなたを連れ出すなんて……巫山戯た真似をしてくれたものです」

「何を言ってるの二人とも……」

 ベルトルドについで、アルカネットからも畳み掛けられるように言われて、キュッリッキは頭が混乱してしまった。

「メルヴィンはアタシに会いに来てくれてたんだよ。これまでずっと会いに来てくれていたのに、セヴェリさんとリトヴァさんに口止めするなんて、酷すぎるんだから!」

「そうだ、命令を守らずリッキーが飛び出していくのを止めなかったそうじゃないか。全く、使用人風情が主(あるじ)の命令を無視するとはいい度胸だ」

 心底怒っているのだろう、ベルトルドの声は普段優しく話しかけてくる声とは違っていた。それにキュッリッキは、初めてベルトルドにゾッと恐怖を感じた。

「ふ…二人は悪くないんだよ……、勝手に外に出たのはアタシのせいなんだもん! それにメルヴィンがきた、とは言ってないからね」

「名前を告げずとも、ニュアンスで判るように教えたのだろう。同罪だ」

「なんで、そんなこと言うの……」

 先程まで幸せでいっぱいに満たされていた心が、急激にしぼんで萎れていってしまった。

 ベルトルドやアルカネットだけではなく、この屋敷に務める使用人たちは皆キュッリッキに優しい。セヴェリやリトヴァも、それは献身的に面倒を見てくれるし、上流階級育ちではないキュッリッキに、色々なことを教えてくれた。仕事の枠を超えるほどの愛情を示してくれるのだ。

 メルヴィンと結ばれる架け橋をしてくれた二人に、キュッリッキは心から感謝しているというのに。その二人の好意を、ベルトルドとアルカネットは責めている。それがとても悲しい。

「セヴェリさんとリトヴァさんは悪くないし、メルヴィンもアタシに会いに来てくれただけで、屋敷を抜け出たのはアタシの勝手なんだから」

 むっすりと頬を膨らませ、キュッリッキはワンピースの裾を握り締めた。

「ベルトルドさんにもアルカネットさんにも関係ないんだから。アタシはアタシの生きたいように生きるし、傭兵だってやめないもん」

 ベルトルドもアルカネットも、厳しい表情を和らげない。

「今からエルダー街へ帰る」

 むくれたままスッと立ち上がり、ドアのほうへ身体を向けようとすると、何かに掴まれたように動かない。

「駄目だ」

 ベルトルドのサイ〈超能力〉によって、身体の動きを拘束されてしまっていると気づき、キュッリッキは険しくベルトルドを睨みつけた。

「放してよ!!」

「いい子だから、聞き分けなさい」

「いやっ! メルヴィンのところへ帰るのっ」

「リッキー!」

「ベルトルドさんのバカっ! 大っ嫌い!!」

 キュッリッキはついに泣きながら怒鳴った。その瞬間、キュッリッキの心が流れ込んできて、ベルトルドは渋い顔で内心舌打ちした。

 メルヴィンと結ばれ、共にエルダー街のアジトへ帰りたい気持ちを抑え、ベルトルドとアルカネットにアジトへ帰ることを話す。沢山世話になっているし、黙って帰ることはできなかった。二人はキュッリッキにとってはだいじな人たちで、メルヴィンとのことは喜んで欲しい。今とてもとても幸せなのだということを知って欲しかった。なぜなら、二人はキュッリッキの不幸な生い立ちを知っている。こんな幸せは初めて味わうのだと判っているから。

 一緒に喜んで欲しかったから。

 塑像のようにその場に立ちすくして泣きじゃくるキュッリッキを、セヴェリとリトヴァは痛ましく見つめた。

 応接室に入ってきた時のキュッリッキの、幸せに満ちた表情を見て、心から嬉しくなった。やっと想いが通じ合ったのだと。しかし目にいれても痛くないほどキュッリッキを溺愛している二人が、どのような仕打ちをしでかすか。あらかじめ想像はついていたが、案の定この有様である。

 自分たちが口を挟めば、事態がこじれるのは想像がつくので、二人は堪えるように口をつぐんでいた。

「やれやれ全く、おとな気ないったらありゃしないわ、あんたたち」

 そこへ突然オネエ口調の声が、ドアを大胆に開けて入ってきた。

「こんな小娘を大人二人がかりで、何イジメてんのよ」

「人聞きの悪い言い方をするな」

 バツの悪そうな顔で、ベルトルドがぼやく。

「何しに来たんですかリュリュ?」

 心外そうな顔でアルカネットに言われ、リュリュは肩をすくめた。

「仕事ほっぽり出してきたあーたたちが、エラソーに言ってくれてんじゃないわよ」

 リュリュはツカツカとキュッリッキの傍らに行って、そして涙に濡れる顔を覗き込んだ。

「せっかくの美少女ぶりが台無しよ。そんな泣きっ面でアジトへ帰ったら、みんな心配するでしょ」

 しゃくり上げながらリュリュを見上げ、キュッリッキは僅かに首をかしげた。

「今日はもう遅いし、メルヴィンにも明日迎えに来るよう約束したんでしょ」

 小さくウィンクされて、キュッリッキは小さく頷いた。リュリュもサイ〈超能力〉使いだということを、うっすら思い出す。

「今からそんな顔でアジトへ帰っても、あっちも明日の予定で待っているんだろうしネ。ちゃんと食べて、お風呂に入って、寝て、笑顔たっぷりの抜群のコンディションで帰りなさい」

「う、うん」

「こら、リュー」

「おだまり。小娘にフラレた腹いせに、二人がかりで八つ当たりすんじゃないよっ!」

 思わずグッとなるベルトルドとアルカネットに、リュリュは冷ややかな一瞥をくれる。

「みっともないったらありゃしない。こんなに小娘泣かせて、あーたたち幾つの大人なのよ! 好きなコにイジワルする領域をはるかに越えまくってるわよ」

 逆に説教を食らう羽目になり、ベルトルドもアルカネットも困ったように固まった。

「あ…」

 ふいにキュッリッキは尻餅をつくようにソファに座り込んだ。ベルトルドの力が解けたのだ。

 リュリュが口を閉ざすと、室内に沈黙が漂った。

 テーブルに視線を貼り付けていたベルトルドが、やがて深々としたため息をついて立ち上がった。そして、キュッリッキの傍らに座る。

「………無理な仕事は行くんじゃないぞ」

 どこか子供のように拗ねた顔をするベルトルドを、涙で濡れた顔で見上げ、キュッリッキは頷く。それを横目でチラリと見て、ベルトルドはキュッリッキをぎゅっと抱きしめた。

「もう二度と、危険なめには合わせたくない。リッキーが心身共に傷つくことも嫌だ。こうして俺の手元に置いて、ずっと守ってやりたい。俺はリッキーが誰よりも大好きで愛している。それだけは判ってほしい」

「うん……」

 ベルトルドの腕の中でじっとしながら、キュッリッキは小さく返事をした。


第六章 勇気と決断 父親たちの猛反発 つづく



077 勇気と決断 あなたを愛しています

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