ALCHERA-片翼の召喚士- 127 最終章:永遠の翼 ロキ神、降臨


ALCHERA-片翼の召喚士-
最終章:永遠の翼 ロキ神、降臨 127



 ドオオオンッと室内に大きく轟く音と、獣の悲鳴。

「なにすんだよー!?」

 いきなり体当たりを食らったフローズヴィトニルは、勢いよく背中から床に落ちた。

 透き通った水色の瞳に困惑の色を浮かべ、目の前のフェンリルを凝視する。

「少しは落ち着け。思いつきで無茶な行動に出るな、キュッリッキの声が聞こえんのか」

 フェンリルはゆるゆると首を振り、呆れたようにため息をついた。

「キュッリッキはその男の死を望んではいない、殺してはならん」

「はあ?」

 身体を起こしながら、フローズヴィトニルは素っ頓狂な声を上げる。

「何をバカなこと言ってるの、殺さないとキュッリッキのほうが、殺されちゃうってのにさ」

「そうさせないために、我々であの男に憑依しているドラゴンを引き剥がし、ユリディスの力を祓い落とすのだ」

「ばっかじゃないの? もう手遅れさ。ドラゴンとベルトルドが完全融合するのも、もう時間の問題。意識も飲み込まれて自我もなく、スコルとハティがいくら頑張ったって無駄無駄」

 小馬鹿にしたようにフェンリルに向かって鼻を鳴らすと、フローズヴィトニルは軽く頭を振った。

「パパの血が隔世遺伝してんだよ、ドラゴンとは相性がいいんだ。見ろよ、ああしてる間に、傷の治癒を始めちゃってる」

 フローズヴィトニルから解放されたドラゴンは、下がったところで目を閉じてジッとしていた。噛み付かれて深い傷を負った喉や腹は、ゆっくりと傷口が塞がれ始めている。ドラゴンが本来持つ、強力な治癒能力だ。

「……あの者がなんであれ、我々は巫女の願い通り、あの者を人間に戻す。殺してはならん」

 フローズヴィトニルは不満を露骨に乗せた唸りを、食いしばった牙の間から漏らす。

「ボクたち制限が解かれたんだ、あんな人間の言うことなんて、聞く必要ないんだぞ」

「何を言い出す!」

「巫女なんて言ったって、たかが人間だろ。陵辱されて、もう処女じゃないじゃん。神聖なんてあるもんか」

「フローズヴィトニル!!」

 カッとなったフェンリルは、再びフローズヴィトニルに激しく体当りした。

「わきまえろ! 痴れ者がっ」

「痛ったいなー!」

 フローズヴィトニルはイラついたように目を細めると、飛びかかってフェンリルの首に大きく噛み付いた。

「グォオオ」

「人間に顎でこき使われるフェンリルも、死んじゃえよ! 目障りだ!!」

 大きく頭を振って、フローズヴィトニルの牙から逃れようとするフェンリルの触覚が、室内を暴れまわり、壁や床を抉り削っていった。



 キュッリッキは両手を頬にあて、盛大な兄弟喧嘩を始めた2匹を、驚愕とともに唖然と見つめていた。

「フェンリル…、フローズヴィトニル…」

 フローズヴィトニルの発言にも驚いたが、自分の命令を完全に無視したその行為に驚いている。

 本来アルケラの住人たちは、それがたとえ神であっても、こちらの世界ではキュッリッキの命令は絶対だった。それが、アルケラの巫女であり、召喚士でもあるキュッリッキに与えられている大きな権限だ。

 アルケラの住人たちには破ってはならないルールがあり、その一つが巫女の命令は絶対だということ。

 幼い頃からキュッリッキは、そのことは理解していて、無茶な命令は絶対にしてこなかった。アルケラの住人たちの心を傷つけたくないから、嫌がることは命令しなかったし、望まれても命令しなかった。

 制限を解いたことで、フローズヴィトニルの箍も外れてしまったのだろうか。

 人間を見下す、あれが、フローズヴィトニルの本音なのか。

 心がズキリと痛み、とても悲しかった。

「二人とも、喧嘩しないで……」

 ポロポロと涙をこぼしながら、キュッリッキは弱々しい声をあげた。

 そんなキュッリッキの声にも気づかないフェンリルとフローズヴィトニルは、激しく取っ組み合いながら、大暴れしていた。

 巨体と巨体がぶつかり合うので、室内は盛大な音とホコリが舞い上がり、ドラゴンの存在すら掻き消える勢いだ。

「どうしよう、どうしよう」

 狼狽えるキュッリッキの護衛についているスコルとハティも、なすすべもなく主たちの喧嘩を見守っていた。



 離れた位置で、喧嘩する狼たちとキュッリッキを交互に見ていたメルヴィンは、グッと顎を引くと、隣にいたタルコットにヴェズルフェルニルを押し付けた。

「すいません、この鷲お願いします!」

「いや、これ鷹だし」

「頼みます!」

 間違いを訂正しつつ、タルコットは面食らって左腕にヴェズルフェルニルを留まらせたまま、目をぱちくりさせた。

「リッキー!」

 キュッリッキを呼びながら、メルヴィンは駆け寄った。

「メルヴィン……」

 頼りなげな表情で振り向くと、キュッリッキは縋るように手を伸ばした。

「リッキー」

 伸ばされた手を握り、メルヴィンはキュッリッキを抱きしめた。

「フェンリルとフローズヴィトニルが、言うこと聞いてくれないの。アタシ、どうすればいいのメルヴィン」

 泣き出したキュッリッキの頭を優しく撫でながら、メルヴィンは情けない表情を浮かべて目を閉じる。

「ごめん、オレもどうすればいいか、答えてあげられません。でも、一緒に考えましょう」

 召喚士というものは、神の力を操る凄い存在である。そう、世間では言われている。噂には尾ひれが付いて広がるから、その存在自体が神ではないかとまで言う者もいた。

 実際に出会ってみて、キュッリッキの繰り出す奇跡の数々は、本当に凄い力だと信じるに値した。それなのに、召喚の力を封じられてしまうと、ただの無力で非力な女の子だということを思い知る。

 ナルバ山の遺跡で、瀕死状態のキュッリッキを見たとき、それを痛感したのだ。

 こうして腕の中で泣きじゃくる彼女は、紛れもなくただの女の子。

 ずっと独りで生きてきたキュッリッキには、頼るべき『人間の仲間』がいなかった。

 でも、今は違う。

 アルケラのことも、神のことも、召喚のことも、何も知らない。でも、こうして側で支えることはできる。励ますことも、一緒に考えることもできる。

 辛いことの連続で、キュッリッキの心身はすでに限界だろうに。

 頼みの綱のフェンリルとフローズヴィトニルが、あんなことになってしまって、もはや冷静な判断などできないだろう。

 激しく喧嘩する2匹の向こうには、怪我を静かに癒すドラゴンが控えている。傷が癒えれば、再びキュッリッキを害そうと動き出す。

 とにかくあの2匹の喧嘩を、一刻も早く止めなくてはならない。

「スコルさんとハティさんでは、どうしようもない、んですよね…?」

 メルヴィンの問いに、スコルもハティも小さく頷くだけ。眷属の身でしかない2匹には、主たちの喧嘩を止めるなど、到底不可能だった。

「では、別の何かを召喚する事は出来ませんか? あの二匹に対抗出来るだけの力を持つ何か」

「何かを…?」

 グスグスと涙声でキュッリッキは呟く。

 ほかに妙案が浮かばない。メルヴィンの言うとおり、何かを召喚してみることに決めて、キュッリッキはアルケラを視るべく、目を見開いた。

 その時、突如視界に紫電の光が過ぎって、ドラゴンの大咆哮が轟渡った。

「ベルトルドさん…?」

「もう、動けるんですか」

 白黒の二匹の巨狼の向こうに、己の血で赤く染まった白銀のドラゴンが、強烈な光をその目に宿し、キュッリッキを睨みつけていた。

 キュッリッキ目掛けて一歩踏み出そうとしたとき、フェンリルがドラゴン目掛けて飛びかかった。

「フェンリル!!」

 フェンリルの頭突きで後ろによろめいたドラゴンは、しかし後ろ足で踏ん張り耐える。

「キュッリッキは殺らせん!」

「ボクとの勝負がついてないだろー!」

 突然喧嘩を放棄してドラゴンに飛びかかったフェンリルにムカついて、フローズヴィトニルはフェンリルに体当りした。

 弾き飛ばされたフェンリルは、床を数回転がり身を起こす。

「いい加減にやめんか!」

 呆れ半分、怒り半分の声音を滲ませ、フェンリルは吐き捨てる。

「ボクとの勝負がまだ終わってないんだ! いくらでも邪魔してやるからな」

「本当にお前は、いつまで経ってもバカのままだ」

 牙を食いしばり、目を細めたその時、視界に金色の光が差した。

「あれは」

 ドラゴンの周りに、無数の黄金の三叉戟が出現していた。

「――雷霆(ケラウノス)とかいうものか、数が多すぎる…」

 人間であった頃のベルトルドが扱っていたものよりも、ずっと巨大な質量をほこる三叉戟だった。

 魔法スキル〈才能〉も解放されている今のベルトルドなら、自らの魔力も込めて生み出せるのだろう。それに加えてドラゴンの力もあるのだ。

「守り……きれるか…我に」



「おっさん、ホントにスケールがデカすぎるっつーか…」

「もはやスケールとかいう問題じゃなくね??」

 ルーファスの呟きに、ザカリーがツッコむ。

「短い人生でしたねえ…。せっかく傭兵界でのし上がってきたばかりだったのに。アジトは吹き飛ばされるし、こうして宇宙空間ってところまで飛んできちゃうし、目の前の壮大なファンタジーに殺されそうになっているし……」

 まるでワイングラスを片手に、しみじみといった口調でカーティスに言われ、皆げんなりとため息をこぼした。

 人間相手になら、こんな弱音は吐かない。何としてでも勝って生き延びる。しかし、相手は神だの化物だのの類である。専門外も甚だしい。

「キューリさん、本当にまいっちゃってるようだし、これは奇跡も起きないかもですね…」

 メルヴィンに縋って泣いているキュッリッキを見つめ、シビルは諦めたように肩を落とした。



 無数に出現した雷霆(ケラウノス)を見つめ、キュッリッキは絶望の眼差しを宙に彷徨わせた。

(どうしよう…どうしよう…、アタシだけじゃなく、みんなも巻き込まれて死んじゃう)

 自分を強く抱きしめるメルヴィンも、あの力の前では儚く散ってしまう。

 そうさせないために、今ここで、自分が踏ん張らなくてはならないのに。

 なのに、頭の中は大混乱で、考え一つ浮かばない。

 結局、ベルトルドを助けることもできず、みんなを死なせることにしかならないのだろうか。

 自分に出来ることは、本当にもうないのだろうか。

 涙で滲む目を見開いたその時、ひとりの男と目があった。

(あっ…)

 男は無邪気な笑みをその端整な表情に浮かべ、キュッリッキに強く頷いた。

 その瞬間、ドラゴンの周りに浮かんでいた雷霆(ケラウノス)が、全て光の粒子となって消えていった。

 キュッリッキは手を前に差し伸べる。その差し伸べられた手を、眩いばかりの黄金の光が包み込み、徐々に膨らんで人の形になった。

「ロキ様」

 ぽつりとキュッリッキは呟くと、光は弾け飛んで、男が現れた。



 身長は2メートルを超え、二十代後半に差し掛かったくらいの容貌の男である。ニコニコと笑顔が絶えず、近寄りがたいというより、人懐っこさのある美貌をしていた。

「久しぶりだね、キュッリッキ」

「ロキ様…」

 ロキと呼ばれた男は、掴んでいたキュッリッキの手を優しく引き寄せると、腰を落としてキュッリッキを抱きしめた。波打つ長い金色の髪から、絶えず光の粒子が雫のようにこぼれ落ちる。

「よく頑張ったね」

 幼子を優しくあやすような口調で言うと、労わるように頭をそっと撫でた。優しくキュッリッキを見つめる青い瞳には、慈悲の光が溢れんばかりだ。

「ロキさまぁ…」

 キュッリッキは大きくしゃくり上げると、ロキに縋って大きな泣き声をあげた。

「あやすのは、いつもティワズの役目なんだけど、今回は俺でゴメンな」

 にこにこと笑いながら、ロキはその細い背中を優しくポンポンっと叩いた。そして、呆気にとられているメルヴィンに、ロキは小さくウィンクした。

「初めまして、キミがキュッリッキの恋人だね。彼女をよろしく頼むよ」

「え、あ、はい」

 メルヴィンは困惑したように返事をすると、思わず頭を下げた。

「あはははは、真面目な性格だねえ」

 泣き続けるキュッリッキの顔を上向かせて優しく微笑むと、そっとメルヴィンのほうへと追いやった。

「さてさて、この状況をどうにかしないと、これじゃキュッリッキでもお手上げだ」

 ロキは両手を腰にあてると、ヤレヤレといった口調でため息をこぼす。

「スコル、ハティ、お前たちの手にも余りまくっただろうね」

 先程から身を伏せて怯えているスコルとハティは、更に怯えの色を深めて目を閉じていた。

「そして、久しぶりだねえ、このバカ息子たち」

 フェンリルとフローズヴィトニルに、ジロリとした視線を投げかけると、ロキは指をパチリと鳴らした。すると、フェンリルとフローズヴィトニルの巨体が、一瞬にして仔犬の姿になって床に転がった。

「いつまでも親の前で、親よりデカイ図体でボケッとするんじゃないよ」

 冷ややかな口調で言われ、二匹は気まずそうな表情を隠そうともせず、ぺたりと座り込んだ。

「そして…、アレが例のドラゴンか。ユリディスの力は絶対だからねえ、それに、ふむふむ、懐かしいなあ、アウリスの血筋の者なんだね」

 動きを完全に止めてしまっているドラゴンを見やり、ロキはウンウンと嬉しそうに何度も頷いていた。

「バカ息子たちと、息子の子孫に一度に会えるなんてねえ。感動の嵐でも吹き荒れるところだが、今回は説教だよ、フローズヴィトニル」

「ひいっ」

 フローズヴィトニルは毛を逆立てて跳ね上がると、すぐさまフェンリルの後ろに逃げ込んだ。

「お前は、キュッリッキのお陰でエーリューズニルから抜け出すことができたんだよ。ヘルの元で改心したかと思えば、恩人であるキュッリッキへの暴言の数々。数万年も幽閉されていながら、全く変わらないとか、父として泣けてくるよ」

 少しも泣けそうもない素っ気ない表情で、声音は相変わらず冷たいままに言い捨てる。

「おまけに巫女の命令を完全無視、半身のフェンリルの言うこともスルー、やはりお前のような悪い子は、エーリューズニルで永久に幽閉しているのがいいかもしれないな」

「それだけは、嫌だよー!!」

 陰気で暗い館、美味しくもない屍人の肉、退屈極まりない過酷な環境。もう二度と、戻りたくなかった。

 フローズヴィトニルは力いっぱいロキを睨みつける。相手が父親であろうと、もうエーリューズニルに戻されるのは絶対に嫌だった。

「いいかい、キュッリッキにはこの人間世界で、アルケラに住む者たちに対し、絶対の命令権を持つ。下位のものから最高位の我々神々に対してもだ。命令違反は処罰の対象となる。それをしないで放置してくれているのは、キュッリッキが優しい子だからだ。それをいいことに、お前は好き勝手し放題、暴言も吐き放題、反省の色なし。救いようがないねえ」

 ロキはフローズヴィトニルの前にしゃがみこみ、顔を前に突き出して、冷ややかな青い瞳を向ける。

 けっして声を荒らげてはいないし、とても静かに言っている。それなのに、辺はひんやりと冷たい空気に支配され、フローズヴィトニルはガタガタと身体を震わせた。

「遠い遠い昔、一つだったお前たちを二つの分けたのは、フェンリルには巫女の守護という大切な役割が与えられていたからだ。悪い部分のフローズヴィトニルを残したままでは、巫女にどんな恐怖を抱かせるか判らないからねえ。だから二つに分けて、悪い意思のお前をヘルのもとへ預けて幽閉した。本当だったら消し去っても良かったのに、それをしなかったのは何故だか知っているかい? フェンリルとヘルから、消さないでくれと嘆願されたからだよ。いつか改心するだろうと言ってね」

 死の国ヘルヘイムの女王である妹のヘルと一緒に、父神ロキに嘆願しに行ったことをフェンリルは思い出していた。

 ロキは気に入った者にはどこまでも優しいが、気に入らないと徹底的に冷徹になれる側面をも持っている。それが血を分けた息子であろうと関係ない。

 今回のことは、完全にフローズヴィトニルは行き過ぎた。キュッリッキが被った不遇な状況と合わせ、ロキが許すはずはない。

 アルケラの者たちは、キュッリッキが大好きなのだ。それはロキとて例外ではない。

 キュッリッキの召喚の力を強引に利用し、こうして降臨してきた。

 エーリューズニルに幽閉されるだけならまだいいが、おそらく消されるだろう。

 悪い意思の固まりであるフローズヴィトニル、それでも元は自分自身の一部だ。

(キュッリッキ……頼む、助けてくれ、我が半身を)



最終章:永遠の翼 ロキ神、降臨 つづく



126 第九章:戦い 神狼vs.神龍

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