020 第二章 エグザイルシステム 遺跡 (二)

ALCHERA-片翼の召喚士-
第二章 エグザイルシステム 遺跡(二) 020




「リッキー!!」

 血まみれの姿で神殿から出てきたキュッリッキを見て、ファニーは両手で頬を覆った。

 陽の光の下では煌くように輝く金髪も、血を吸ってごわつき無残に変色していた。

 ハドリーも息を飲んで食い入るように見る。

 意識を失っている顔はぐったりと蒼白で、明らかに血が足りないのがわかるくらいだ。

 更に一緒に出てきたライオン傭兵団の連中も血まみれの者が多くて驚いたが、それは返り血だったようで少し安堵する。しかし中で何があったのかを詰問する空気ではなかった。

「キューリさん……。これは一体」

 唯一外で待機していたブルニタルは、キュッリッキの有様に目を見張る。眼鏡の奥の目が彷徨うように揺れ動いた。

「詳しい説明は後でします。まずはどこかの町へ運ばないと…」

 カーティスの呟きに、ブルニタルは持っていた地図を取り出し慌てて開く。

 その様子を見ていたシ・アティウスがブルニタルに近寄り、開かれた地図の一点を指さした。

「この近くにイソラという町がある。小さい町だが、そこに行けば医者がいるだろう。治療もだが、一刻も早い輸血が必要そうだな」

 カーティスは頷く。

「よし、そこへ運ぼう」

 ルーファスも地図を覗き込む。麓からさほど遠くない位置にあるようだ。

「マリオン、ベルトルド卿に連絡をいれるので繋いでください。皆は移動を開始してください。神殿の中で怪物に出くわしたので、万が一ほかにもいたら危険ですから、全員で山を出ましょう」

「怪物…」

 シ・アティウスは小さく口の中で呟いた。

「……ソレル兵に再び占拠されたりしないだろうか」

 研究者の一人が声を上げるが、それにはシ・アティウスが静かに窘めた。

「君がここで寝ずの番でもするかね?」

「いえ…、すみません」

「マーゴットとハーマンは道中の灯りを。ギャリーたちは護衛を。ではいきましょう」

 魔法で作り出された灯りを頼りに、全員町へと向かい始めた。





(やっと連絡を寄越したか)

(遅くなって申し訳ありません)

 念話でのやり取りとはいえ、カーティスはついその場で土下座したくなるほど恐縮した。イライラしていることが、露骨に伝わってくる。

(寝ずにおとなしく待ってやっていたんだ、詳しく説明しろ)

(はい…)

 カーティスは大きなため息をつく。その横でマリオンも疲れたように顔を弛緩させていた。

 灯りを見失わない程度に皆から距離をおいて、後ろからついていく。ルーファスの歩調に皆合わせているので、多少ゆっくりだった。

 報告も兼ねてこれまでの経緯を判る範囲で丁寧に説明すると、ベルトルドは絶句したように黙り込んだ。

 頭の中に残るキュッリッキの悲惨な状態を、映像として伝えたからだ。

(風前の灯状態なんです。一刻も早く医者に見せないと…)

(……アルカネットと医者をすぐに向かわせる)

 ようやく絞り出すように言って、ベルトルドは再度町の名前を確認した。

(イソラという町です)

(判った。すぐに向かわせるが、それでも時間がかかる。何としてでも命を繋げ。俺もすぐに飛んでいきたいが、雑用が何件か残っていてすぐには動けないのでな)

(全力を尽くします)

(頼んだぞ)

 報告が済んで、カーティスは肩で息をついた。

「あのおっさんが、随分と慌ててたねえ~」

 二人の念話を中継していたマリオンにも、二人の会話の内容は聴こえていた。

「歩く傲岸不遜が絶句するなんて初めてですよ。顔が見られなかったのが残念です」

「あはは。まぁ、キューリちゃんのことすんごく気に入ってるようだから」

 一旦区切って、マリオンは肩をひそめ声のトーンを落とす。

「万が一死なせるようなことにでもなったら、アタシら全員その場で処刑されるね…」

「100%保証できますよ…」

 暗澹たる気持ちに包まれ、マリオンとカーティスは揃って項垂れた。




 街灯も道路もない真っ暗な道を、ブルニタルの完璧なナビゲーションで迷わずイソラの町まで到着した。2時間ほどの遠足を満喫させられた一同は、一部を町の入口に残し、まだ夜更けの町で病院探しに走り回った。

 大して広くもない町なので、すぐに病院が見つかった。

「たのもーー!! 死にかけのジョシが一人いるから開けろー!!」

 すでに灯の落ちている建物のドアを、破壊する勢いでヴァルトは叩く。木製の古びたドアは、力を持て余しているヴァルトの拳に叩き割られる寸前で開かれた。

 何事かとドアを開けた中年の女性は、寝巻きの胸元を掻き合せると、やたらと背の高いヴァルトを見上げてギョッと目を剥いた。

 なにせ、怪物の内蔵や血糊をべったりとその身にかぶっていて、乾いた今は赤黒く変色して異様な姿だったからだ。

 性格とは真逆の美しすぎる顔立ちが、より残酷な姿を耽美化していたが、口を開くと全て台無しにしてしまう男である。

「おばちゃん、早く仲間を診てくれ!!」

「急患かい?」

「うん。かなりヤバイんだ。あともうちょっとで死んじゃうから早くして!」

 ヴァルトは両手を腰に当てると、仁王立ちになって中年の女性を見おろした。

 何やらと思ったが、ヴァルトの様子からして重症人がいるのだろう。中年の女性はすぐさまドアを全開にした。

「早く運んでおいで。主人を起こしてくるから」





「病院のおばちゃんが開けてくれたから、キューリ運べ、ルー!」

 近所迷惑も甚だしい大声が、通りを挟んだ向こうから聞こえてきて、ルーファスは額を押さえた。

 元気に両手を交差させながら振り回すヴァルトを見て、ランドンもシビルもため息しか出ない。それでもいち早く病院を見つけてきたのだから、まだマシだったとも言える。

 ヴァルトに案内された病院は、こざっぱりした小さな診療所のような規模だった。

 玄関で出迎えてくれた中年の女性は、泣きそうな顔でキュッリッキを覗き込んだ。

「まあまあ、大変」

 中年の女性は医者の妻兼看護師のマルヤーナと自己紹介した。

 マルヤーナはルーファスを処置室に案内する。ルーファスは細心の注意を払い、清潔なベッドの上にキュッリッキをそっと寝かせた。

「運搬完了……」

 そう言うやいなや、ふらりとその場に仰向けにぶっ倒れてしまった。

「大丈夫!?」

「ご心配なく。サイ〈超能力〉の使いっぱなしで燃え尽きてるだけですから…」

「まあそうなの……大変だったのねえ」

 マルヤーナはルーファスの腕を掴むと、自分よりも大きな男をヒョイっと軽々肩に担ぎ上げた。その逞しき光景にシビルがギョッとする。

「入院患者用のベッドがあいてるの。寝かせてくるわね」

 にこやかに言い置いて、マルヤーナとルーファスが出て行った。そして入れ替わるようにして、白衣を着た男が眠そうに入ってきた。

「ウリヤスと言います。よろしく」

「夜分遅くにすみません」

「急患ならしかたがないです。そちらのお嬢さんですね」

 ウリヤスはベッドの傍らに立つと、白いものが混じった眉を寄せて唸った。

「血液を調べてすぐ輸血しましょう。マルヤーナ」

 妻の名を叫んで、ウリヤスは棚からすぐに道具を取り出し、準備を始めた。

「申し訳ないが、私の腕ではこのお嬢さんを助けるのは無理だ。輸血と点滴をするくらいしかお役には立てそうもない」

「今こちらに医者が向かっています。たぶん外科専門かと思われます」

「うん。それなら助かるかもしれない。私はこの小さな町でそこそこの病人や怪我人を相手にする程度の医療スキル〈才能〉しか持っていないのでね」

 自分を卑下するわけではない。それが事実なんだといった静かな顔で、キュッリッキを見ていた。医療スキル〈才能〉にも得意不得意分野があり、技術の差も存在するのだ。

「せっかく頼ってくれたのに、大したことも出来ず、すまないね」

「いえ、ありがとうございます」

 シビルは心から頭を下げた。





 木造建ての小さな病院内には、幸い誰も入院患者はおらず、いきなりやってきた大勢で賑わっても大丈夫だった。

 ヴァルトはマルヤーナを見るなり「風呂入りたい!」と駄々をこね、住宅と兼用になっている院内をドタバタ走り回って、風呂に駆け込んだ。

 ギャリーとタルコットも、返り血が臭うのに飽き飽きし、一緒に狭い風呂場に押しかけて大騒動だった。

「この狭すぎる空間で翼を広げるな翼を!!」

「お前らが勝手に入り込んできただけじゃないか! とっとと出てけよ!!」

「血を落とさせてくれ…臭いんだ」

 風呂場からギャースカ聞こえてくる賑やかな声に、マルヤーナは面白そうにクスクスと笑い、濡れタオルをみんなに配って歩いていた。

 タオルを受け取り、カーティスが申し訳なさそうに頭を下げる。

「本当にすみません。騒々しい連中で」

「いいのよ。傭兵さんたちは大変ね」

「ははは…」

 穴があったら入りたいという気持ちでいっぱいになった。

「ああ、ところで、たぶん早朝か朝くらいに、数名追加でお邪魔することになると思います」

「お医者様が向かってらっしゃるんでしたわね。主人から伺ってますわ」

「我々も少し休ませていただいたら、数名残して出ますので。通常営業のお邪魔はしません」

「あら、そんなことは気にしなくていいのよ。穏やかな町ですから、忙しくないの」

「すみません」

 恐縮しっぱなしのカーティスに、マルヤーナは柔らかく微笑んだ。

「ゆっくり休んでくださいね」

「はい」





「僕は回復魔法を続けているよ」

「大丈夫? ランドン」

「これしか取り柄がないから。シビルは今のうちに身体休めてて。あとで交替頼む」

「おっけー。んじゃ頑張って」

「うん」

 ベッドに横たわるキュッリッキの傍らに座り、ランドンは魔法をかけ続けた。

 ずっと魔法を使い続けるのは、相当の精神力と体力を消耗する。しかしシビルもカーティスも救出作戦ですでに相当消耗していた。少し休まないと手元が狂いそうだったので、ランドンに全て任せることにした。

 サイ〈超能力〉を使いっぱなしだったルーファスも、キュッリッキをベッドに寝かせた直後ぶっ倒れてしまった。サイ〈超能力〉は精神力だけが全てなので、より慎重を期すためにコントロールを強いられ、その前にも念話や戦闘などもこなしていたので、倒れてもしょうがなかった。遠距離念話ほど疲れるものはない、と常々言っているくらいだ。

 狭い病院内で、みんな泥のように眠りに就いた。ヴァルトは元気に起きていて、濡れた頭をマルヤーナに拭いてもらっていたが、ホットミルクをもらって一気に飲み干すと、身体を丸めてすぐに眠ってしまった。

「まあまあ、子供みたいね」

 あまりにも無防備に眠るヴァルトを見て、マルヤーナはくすりと笑った。





 ザカリーは眠ることができず処置室の前まで来ると、遠慮がちに中を覗いた。

「キューリは大丈夫だよ」

 いきなりランドンに話しかけられ、ザカリーはちょっと驚いて壁に隠れる。

「こっちにきて座りなよ」

 笑い含みに促され、少しためらったあと、中に入り隣の椅子に座った。

 輸血を受けているが、血の気を失った蒼白な面は変わっていない。それでも神殿の中で見たときよりは、多少落ち着いているようにも見えた。

 血で汚れた衣服は脱がされ、痛々しすぎる傷をあわらにし、裸の上に軽くシーツがかけられ眠っている。髪の毛は邪魔にならないよう束ねられ、血で汚れていた毛は丁寧に清められていた。おそらくマルヤーナがしてくれたのだろう。

「肩から胸の傷も酷いけど、背中も凄く大きな痣になってた。あの怪物に殴られたのかもしれない」

 肩にも打撲痕があり、擦り傷もいくつか見られた。

「でもね、ウリヤスさんがきちんと診てくれたけど、内臓類に損傷はないって。それだけは幸いだった」

「そうか……」

 ホッとした反面、それでもあんな僅かな時間でこれだけの大怪我を負ったのだ。どれほど怖かっただろうか。痛かっただろうに。それを思うとやりきれなかった。

「ごめんな…」

 独りごちるようにザカリーは呟いた。

「俺が怒らせなきゃ、神殿に入ることもなかったんだよな」

 からかうんじゃなかった。ほんの些細なことで、こんな事態に発展してしまったのだ。

 そう思えば思うほど、短慮だったと自分を責めた。己を責めることしか出来ないことが余計に悔しい。

「キューリは死なない」

 ボソッとした声でランドンは断言する。

「僕が看てるし、こんな大怪我を負ってもこの子は死ななかった。だから大丈夫」

「……」

 いつもは口数の少ないランドンが、慰めるように言った。

 常に影に徹して、けしてでしゃばらず仲間を支えてくれる。いざという時どれほど頼りになる男だろうとよく思う。

 回復魔法を使い続けるだけでも大変な苦労なのに、ザカリーのことまで気遣ってくれる。その気持ちが嬉しく、救われる思いだった。

「ありがとな」

 ザカリーは俯いて肩を震わせた。




第二章 エグザイルシステム 遺跡(二) 続く



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019 エグザイルシステム 遺跡(一)

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Comments 2

八少女 夕

No title

こんばんは。

いない間にキューリさんが大変なことになっていて、オロオロしながら読みました。
無敵のキューリさんだから多少怖いくらいで大丈夫だとタカをくくっていたら、それどころじゃなくて連絡係どころかフェンリルまでいなくなっちゃうし、それってただの人間になっちゃったも同然ですよね。

ともかく一命は取り留めたようなのでひと安心で(っていうか、主役が一章では死なないだろうという安心もあるんですけれど)、でも、以前と違ってキューリさんが無敵ってわけではない事もわかったので、先を心配しながらついていこうと思います。

キューリさんの弱点とその原因にも注目していきますが、それに加えてザカリーとの関係も氣になる所です。

続きを楽しみにしています。

2014-03-31 (Mon) 04:50 | EDIT | REPLY |   

ユズキ

Re: No title

八少女さんこんばんわ~(*´∀`*)

ご旅行満喫されてきたでしょうか。旅先でも作品更新しっかりなさってて素晴らしいです(^ω^)

召喚士は、ゲームやアニメでご存知の人は、そんなもんだよね~って感じだと思いますが、強い力を持つ何かを呼び出して使役するので、召喚士つえーとかスゲーになるんですが、召喚そのものが使えないと、ホント、タダの人間ですね~(笑)
そのあたりのコンセプトは、キュッリッキさんも同様なのです。強い力を使役することができるけど、非力、イコール召喚士のいめえじですよね。

フェンリルが消えずにいたら、マンテコアさんなんて前脚でサクッなんですけども(笑) 逆にサクッと倒されちゃったキュッリッキさんでした><

昔オンラインゲームの中で召喚士やってたとき、魔力ゲージが空っぽになったら召喚使えなくなり、急いで逃げたとかやってたんで(笑) キュッリッキさんの慌てぶりはよく判るんです(ちょっとチガウけど)
あの時のコト思い出しながら書いてましたw

ザカリーとはどうなるんでしょうか。その前にオヤジ組が黙っていないのです( ̄▽ ̄)☆

読んでくださっていて、いつもありがとうございます(*´∀`*)

2014-03-31 (Mon) 19:46 | EDIT | REPLY |   

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